第一部−2− 宇宙の科学

このページの目次
第1章 天体(惑星)としての地球(2)
4. 天球
a.天球とは(1)
b.日周運動
c.天球上の太陽の動き
d.天球とは(2)
e.天球上の座標
 e−1 地平座標
 e−2 赤道座標
5.歳差
用語と補足説明
参考になるサイト

第1章 天体(惑星)としての地球(2)

4. 天球

a. 天球とは(1)

 星をちりばめた空を見ると、まるで大きな丸天井がわれわれを取り巻いているようである。この観測者(地球)を取り巻く大きな(仮想的な)丸天井を天球という。天体までの距離があまりに遠いので、肉眼ではその距離はわからない。だから天球はその距離を無視してある一定の距離で球を考え、そこに天体を投影したものである(下右の赤い星)。ようするにプラネタリウムの丸天井みたいなものである。われわれの地球は自転・公転という運動をしているわけだが、逆に天球を考えて、その天球がわれわれのまわりを回っていると考えることもできる。実際、昔の人達はそう考えていた。

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b. 日周運動

 恒星は星座を考えることができることからわかるように、天球上では相互の位置をほとんど変えない。だから恒星は天球に貼付いた模様のように見える。そして、恒星を貼り付けた天球は1日に1回、東から西に向けて回転しているように見える。太陽も1日という短い時間では、天球上に貼付いて、恒星とほぼ同じように東から西へ回転しているように見える。これが日周運動である。もちろん、この日周運動は地球が自転しているので、そのように見えるということである。

 これを日本のような北半球の中緯度で見ると、下図のように見える。北天の恒星はほぼ北極星を中心にして左回りに回転している。同じ時間では同じ角度だけ回る。24時間で1回転(詳しくは23時間56分で1回転)しているので、1時間では約30°回転する。南天の恒星は東から西に向かって大きな円弧を描いて動いているように見える。東の空からは、下左図のように恒星が昇ってくる。また、西の空では下右図のように恒星が沈む。真東から昇り、真西に沈むように見えるのは天の赤道上の恒星である。赤緯がプラスの恒星は真東より北側から昇り、真西より北側に沈む。赤緯がマイナスの恒星は真東より南側から昇り、真西より南側に沈む。北緯35°の地点では、天の赤道と地平線がなす角度は55°である。

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c. 天球上の太陽の動き

 太陽は1日という短い時間内では、天球上の位置をほとんど変えない。しかし、もっと長い時間をあけてみてみると、天球上の位置を西から東にゆっくり動いていることがわかる。これは、地球が公転しているために天球上の太陽の位置がだんだんずれて見えるのである。太陽が天球上のどの星座に中に見えるかは、日没直後の西の空、あるいは日の出直前の東の空を見る。

 下の図のように3月20日ころの地球の位置からは、太陽はうお座の中に見える。それがだんだん地球の公転の公転により太陽がおひつじ座→おうし座と移動し、6月20日ころにはふたご座の中に見える。ついで、さらに半年後のかに座、しし座と移動し、半年後の9月20日ころにはおとめ座の中にはいる。そしてさらにてんびん座→さそり座→いて座→やぎ座→みずがめ座と移動し、1年後の3月20日にはもとのうお座に戻る。

 この天球上の太陽の通り道を黄道(こうどう、おうどう)といい、黄道上の12の星座を黄道12星座という。

    

国立科学博物館「宇宙の質問箱」
http://www.kahaku.go.jp/exhibitions/vm/resource/tenmon/space/seiza/seiza08.html

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d. 天球とは(2)

 もう一度天球を見てみる。地球の自転軸の北極方向の延長と天球が交わるところが天の北極(N)で、そのごく近くに北極星がある。逆に地球の自転軸の南極方向の延長と天球が交わるところが天の南極(S)であるが、日本からは見えない。地球の赤道面の延長と天球の交わりが天の赤道である。そして、1年かかって天球を回る太陽の天球上の通り道が黄道である。太陽は黄道上の図の矢印の向きにゆっくり動き、1年で天球を1周する(だから1日では約1°動く)。そのとき天の赤道を南から北に横切る点が春分点であり、春分の日の太陽の位置である。逆に天の赤道を北から南に横切る点が秋分点であり、秋分の日の太陽の位置である。

 天の赤道面と黄道面は23.4傾いている。黄道面は上からわかるようにじつは地球の公転面である。つまり、地球の公転面と地球の赤道面が23.4°傾いていることを示している。地球の自転軸は、公転面に対し66.6°(公転面に垂直な向きに対し23.4°)傾いているといってもよい。

 ある緯度φ(ファイ)では、天球はどのように見えるのだろう。φにおける地平線は、その地点での地球の接線である。観測者のこの地平線に垂直に立つことになる。天球はだから下の左図のようになる。天の北極の向きは無限の彼方であるから、緯度φにおける天の北極の向きは、地球の中心から北極の向きと平行である。その向きに伸した直線と天球の交わりが、緯度φの天球上での天の北極の位置となる。それと垂直な向きに天の赤道がある。これは地球の赤道面のと平行である。このとき、地平線と天の北極のなす角度はその場所の緯度(φ)と等しくなっている(証明は各自考えよ)。東京は北緯35°なので、東京で見ると天の北極の高度(地平線からの角度)は35°である。逆に、北極星の高度が40°であるような場所は、北緯40°の地点であるということがわかる。

 もう少し見やすく、緯度φの地平線を水平に置いたのが下の右図である。緯度φの天球の南北の断面はこのようになっている。恒星はこの天の赤道に平行に日周運動を行う。この動きを追跡するために赤道儀という望遠鏡の架台が考え出された。

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e.天球上の座標

 天球上の座標(位置)の決め方については2種類ある。

e−1 地平座標

 観測者と彼がたっている地平面が基準となる。真南を基準に西回りで360°、地平線を基準に天頂までの90°で位置を表わす。直感的にわかりやすい。例えば方位角30°、高度45°とか方位角270°(真東)で高度60°とかである。しかし座標を指定しても、天球の回転によりそこに位置する天体が瞬間瞬間で異なることになる。

e−2 赤道座標

 天球に貼付いた座標が赤道座標である。こうすれば、恒星はある決まった座標を持つことになる。地球の経度にあたる赤経α(アルファ)は、春分点を基準にして、東回りに0時〜24時まで(15°が1時、1°が4分)という24時間法で測る。1時の60分の1が1分、1分の60分の1が1秒である。また地球の緯度にあたる赤緯δ(デルタ)は、天の赤道を基準に天の北極側に0°〜+90°、天の南極側に0°〜-90°まで測る。地球の経度の基準(経度0°、かつてのイギリスのグリニッジ天文台をとおる子午線)は歴史上は政治的に決まったが、赤道座標の基準は、春分点という意味のあるものである。また、天の北極−真南−天の南極を通る大円(子午線)を基準、西回りで0時〜24時まで測った角度を時角という。赤経や時角が24時間法で測られることからわかるように、これらは時刻・時間と密接に結びついている。

 こうした赤道座標により、天球上の恒星の座標は一意的に決まることになる。例えばシリウスは赤経6時45.1分、赤緯-16.43°である。また、北極星は赤経2時31.8分、赤緯89.16°であり、天の北極から0.44°ずれている。

 また太陽の赤経・赤緯は、春分の日には0時、0°、夏至の日には6時、+23.4°、秋分の日には12時、0°、冬至の日には18時、-23.4°である。だから春分と秋分の日の太陽は真東から昇り、真西に沈む。春分から秋分までは真東よりは北側から昇り、真西よりは北側に沈む。だから昼の長さの方が夜の長さよりも長い。夏至の日にはもっとも北寄りから昇り、北よりに沈む。秋分から春分まではこれとは逆に、真東よりも南側から昇り、真西よりも西側に沈む。だから、昼の長さの方が短い。もっとも南よりになるのは冬至の日である。

 

 緯度φでの天球の見え方と、この赤緯より、赤緯がわかっている恒星・太陽の南中高度は簡単に求まる。下図のように、天の赤道の真南での高度は90°-φだから、赤緯δの南中高度はその符号も含めて90°-φ+δとなる。

 北緯35°(東京付近)では、天の赤道の真南での高度は90°-35°=55°。だから、シリウスの南中高度は55°-16.43°=38.17°。春分、夏至、秋分、冬至の日の太陽の南中高度は同じように考えて、55°、78.4°、55°、31.6°となる。

 また、恒星は天の北極と南極を結ぶ直線を軸に回転しているので、断面を見るとこの軸に垂直な線上を動くことになる。そこで下の図から北緯φの地点での北極星のまわりで地平線より下に沈まない周極星の赤緯の範囲は+(90°-φ)〜+90°であることがわかる。一方、地平線より上に昇ってこない恒星の範囲は−(90°-φ)〜−90°であることもわかる。例えば北緯35°では、赤緯+55°以上の恒星は地平線の下に沈まない。もし太陽がなければ1日じゅう見えるはずである。逆に赤緯−55°以上の恒星は地平線より上には出ない

 緯度が低いほど、見える範囲が広いことがわかる。例えば赤道では全天の恒星が見える。国立天文台のすばるをはじめ、各国の巨大望遠鏡が緯度の低いところにつくられる一つの理由である。また夏至の日の太陽の赤緯が+23.4であるので、北緯66.6より上では太陽は地平線の下に沈まないことになる。これが白夜である。逆にそのとき、南緯66.6°より南では太陽は1日中姿を現さない。北極点や南極点は半年は太陽が沈まず、半年は太陽が出てこないことになる。

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5. 歳差

 コマを回すとき、回転軸が地面に垂直に立っていなくても、コマが回っている間はコマは倒れない。しかし、その回転軸そのものが回転する。これを首振り運動という。重力がコマの軸を倒そうとするが、それと直角右向きの力が働いて、こまの回転軸は下の左図のように回転するのである。

 地球も同じような運動をしている。地球の形が完全な球でなく赤道方向に張り出した回転だ円体であること、地球の自転軸が公転面に垂直でないことから、太陽や月の引力は地球の自転軸を起こそうとはたらく。これは、下の右図のように、太陽(月)に近い部分の方が受ける引力Fが、太陽から遠い側の部分が受ける引力F’よりも大きいからである。その力の差は、コマの場合とは逆に自転軸を起こそうとしてはたらくので、地球の自転軸の回転の向きはコマの場合と逆向きになる。この自転軸そのものの回転を歳差という。歳差の周期は26000年である。自転軸の回転の大きさは黄道の北極のまわりを約23.4°である。

 いま、たまたま地軸の北極方向の延長(のごく近く)に明るい恒星(見かけの明るさ2.0等級)があり、それが北極星となっている。しかし、歳差のためにこれはだんだんずれていき、今から紀元9000年ころは白鳥座のデネブ(見かけの明るさ1.3等級)が、紀元12600年ごろにはこと座のベガ(見かけの明るさ0等級)が北極星になっているだろう。

 

 地軸が回転するということは、地軸に垂直な地球の赤道面それに伴い回転するということである。だから、赤道面と黄道の交点である春分点も移動する。その向きは図のように東から西になる。またこの回転の周期が26000年なので、1周360°=360×60×60″÷26000年=50″/年、つまり1年あたりでは50″ということになる。この春分点のずれそのものを歳差ということがある。ギリシャ時代の天文学者ピッパルコス(紀元前146ころ〜25ころ?)紀元前はすでにこの現象を知っていたという。天体位置観測衛星ヒッパルコスは彼の名を記念したものである。

 春分点は赤道座標の原点である。その原点が移動してしまうのだ。そこで、厳密には赤道座標の原点は1900年の春分点の位置というように決められている。

 

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用語と補足説明

黄道12星座黄道12星座は星占いで使われる。ただし、星占いでの太陽の位置と実際の太陽の位置は1か月半ほどずれている。たとえば3月20日ころの太陽は本当は上に書いたようにうお座の中に見えるが、星占いでは1つ先のおひつじ座(白羊宮)に位置することになっている。このずれは地球の自転軸の歳差による。歳差によって春分点が移動するということは、つまり季節による天球上の太陽の位置が移動してしまうことである。星占いで使われている太陽の位置はこうしたことを無視して、数千年前の太陽の位置をそのまま使っていることになる。だから、占星術師は数千年前から実際には星を見ていない?

赤道儀と経緯儀望遠鏡の架台である赤道儀は、天の北極-天の南極(つまり地球の自転軸)を結ぶ天球の回転軸に平行な極軸と、それに垂直なもう一つの軸(第2軸、赤緯軸)をもうけ、その軸に垂直に望遠鏡を取り付けることができるようになっている。直交した2軸を回転させることにより、御望遠鏡はどの向きに向けることもできる。そして、目的の天体を捕捉したら赤緯軸を固定して、極軸を地球の自転の速さと同じ速さで回転させると、望遠鏡はその天体をとらえ続けることができるようになっている。写真など長時間露出が必要なときに大変に便利である。

 ただし、巨大望遠鏡であるハワイにある国立天文台のすばるは、構造の簡単な経緯儀(地平座標)で望遠鏡の向く向きを決めている。すばるのような非常に重い巨大望遠鏡を支える赤道儀をつくるのは大変だからである。一つの天体を追尾するときは、コンピュータ制御により向く向きを変えていく。

カノープスおおいぬ座のカノープスは、見かけの明るさが-0.7等級という明るい恒星である。しかし、赤緯-52.42°なので、北緯35°付近では地平線からようやく出る程度で大変に見にくい。だから中国ではこの星を見ることができると長生きできるということで、老人星という名までついている。単純に考えると北緯37.18°より北では見えないはずである。しかし、山の上、あるいは大気による光の屈折により、北緯38°より北でも見えることがある。実際、北緯38°以北の東北地方の山から撮影されたこともある。

昼と夜の長さ昼と夜の長さが等しい日が、春分の日であり、秋分の日であると思うかもしれない。それはおおよそでは正しい。しかし厳密には、太陽の上の縁が地平線から顔を出したら日の出、また太陽の上の縁が地平線に没したら日の入りである。だから、日の出のときは、太陽の中心が地平線の上に出てから太陽の上端が地平線に出るまで、また日没の時は太陽の中心が地平線に没してから太陽の上端が地平線に没するまでの時間だけ、昼の長さが長いことになる。太陽の大きさ(見かけの大きさ、角度で視直径約30′、視半径15′)の分だけ、春分や秋分の日には昼の方が長いことになる。

 日の出、日の入りの合計で、太陽の大きさ、つまり角度にして約30′地球が自転するのに要する時間だけ昼が長いことになる。地球が1°自転するのに要する時間は4分である。だから、春分の日や秋分の日は昼の長さの方が2分ほど長いことになる。

 だが、実際には太陽は地平線に対して垂直に昇ってくるのではない。上の図にあるように、北緯55°の地点では地平線に対し55°の角度で昇ってくる。このとき太陽の上端が地平線に達してから、太陽の中心が地平線に達するまでの長さは北緯35°の地点では、視半径の長さをcos35°で割る必要がある。cos35°の値は0.82だから、2分÷0.82=2.5分。

 海上保安庁海洋情報部には日の出、日の入りの時刻を計算するサービスがある。
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KOHO/automail/sun_form3.htm

 これを利用して東京における2005年の3月の日の出、日の入りの時刻を調べてみる。日の出は5:45、日の入りは17:53であることがわかる。つまり、昼の方が半日(12時間)よりも8分長い。

 太陽の大きさを考えただけよりさらにも長い。これは大気の屈折による。大気の屈折によって、本当は地平線下の太陽が見えるのである。これを大気差というい。大気差は高度によって異なるが、高度0°(地平線近く)では角度にして35′8″である。これだけ地平線近くの太陽は持ち上げられて見える。日の出と日の入りの時の大気差を考えると、さらに角度で地平線に垂直な向き約70′。この角度を自転するのに要する時間は、1°(60′)が4分だから、約4.7分。さらにこれも太陽が斜めに昇ってくることを考慮に入れると、4.7分÷0.82=5.7分。

 太陽の大きさによる2.5分と、大気差による5.7分を足すと8.2分となり、実際の値とほぼ合うことになる。このように、春分(秋分)の日は、昼の長さの方が半日(12時間)よりも約8分長いことがわかる。

 あと、冬至の日(12月21日)の日の出が6時47分、日の入りが16時32分であり、昼の長さは9時間45分である。確かにこの日の昼の長さは1年で一番短い。しかし、日の出の時刻を見てみると、12月31日は6時50分、それ以後については2004年の1月に戻って、1月2日から1月14日までは日の出が6時51分と1年を通じてもっとも遅い。だから、冬至を過ぎても日の出はまだ早くなってこないのだ。こうした一見不思議な現象は、均時差のために起こる。つまり、太陽が南中したときが12時からずれる現象と同じで、均時差の分だけ日の出や日の入りの時刻も実際の太陽とはずれているのである。ちなみに1月8日の日の入りは16時42分だから昼の長さは9時間51分で、たしかに冬至の日よりは昼の長さが長くなっている。

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