付録 気象光学現象(大気光学現象)
a.水滴のいたずら
a-1 虹
虹は雨滴や滝・噴水のしぶきなどの水滴により、太陽光(月光)が屈折するさい、波長(色)により屈折率が異なることによって生ずる。屈折率は波長の長い方(赤い色ほど)小さい。虹は二重に見えることがあるが、一番よく見える虹(主虹)では、赤い色は外側、紫色(すみれ色)は内側になり、外側の薄い虹(副虹)では逆になる。
虹は太陽を背にして、太陽と正反対の向きを中心とする円を描いている。その大きさは外側が約42°、内側が約40°となる。実際は地表の下は見えないし、水滴が全面に存在していることもないので、円の一部(円弧)として見える。また、太陽を背にして前方にしか見えないので(常に前方に見える)、虹の向こう側に行くことはできない。
2006年10月7日16時ころ 小諸付近 | 2004年8月6日17時半ころ 関空上空(飛行機から見降ろす虹)。かすかに副虹も見える。 |
a−2 グローリー(ブロッケン現象)
高山で太陽の光が背後から当たり、前の雲(霧)に自分の影が映っているとき、自分の影の周りに虹のような環が見えることがある。飛行機の機体の影が下の雲に映るときも同じような現象が見られる。これをグローリーという。
じつはとくに高山でなくてもよく、背後から日光が当たり、前方に自分の影を映す霧が存在しているならばグローリーが現れるチャンスはある。只見川ダム付近ではそれを観光資源としているらしい。
光の環の中心にある自分の影が思わぬ大きさになっていることがあり、またドイツのブロッケン山でよく見られたことから、ブロッケン現象、あるいはブロッケンの妖怪ともいう。日本では仏の背後の光環を思わせるので、ご来迎(らいごう)ということもある。ちなみにご来光は日の出のことである。
虹が比較的大きな水滴による太陽光の屈折によって生ずるのに対し、こちらは可視光線の波長(0.38μm〜0.77μm)を無視できないような小さな水滴による回折がその原因である。見かけの大きさは虹よりはるかに小さく、約3°〜5°程度である。なお、雲・霧の水滴の大きさについてはこちらを参照。10-6mが1μmである。
グローリーは、対日点(自分に対し太陽の反対側(対称)の点)から戻ってくる日光が、小さい水滴による回折のために生ずる光の環だが、太陽がその手前の細かい水滴による回折によって光の環をまとうことがあり、これを光冠(光環)という。最近はスギの花粉による光冠も報告されている。光冠は暈(かさ)よりははるかに小さいので簡単に区別がつく。
なお、グローリー(ブロッケン現象)の写真はこちらも参照。さらにこちらも参照。
富士山山頂で見たブロッケン現象(2006年8月3日17時15分ころ) | アフリカ上空で見たブロッケン現象(2006年8月23日17時50分ころ) |
b.氷晶のいたずら
b−1 暈(かさ)と幻日(げんじつ)
上空では、薄い六角柱(六角板状)の氷晶が雲をつくっていることが多い。その氷晶の6角柱は、底面を水平に近い角度に保ちながら漂っている。太陽の光がこの氷晶によって屈折して生ずるのが暈(かさ、ハロー)や幻日(sundog)である。
暈は太陽を中心として約22°の大きさの環を作ることが多く、これを内暈という。内暈の左右がとくに明るく、またこれが単独で見えることもあり、それを幻日という。暈はあまりきれいに虹色に分離しないが、幻日はきれいな虹色に見えることが多い。太陽の光度が高くなると、幻日は内暈から離れて少し外側に見えるようになる。ただし、太陽の光度が高くなると幻日は生じなくなる。
内暈より大きく、太陽を中心として約46°の大きさで見えるのが外暈である。内暈はしばしば見られるが、外暈はめったに見られない。
実際には、氷晶の形は薄い六角柱ばかりではなく鉛筆のように縦に長いものもあるし、そしてそれらの向きも異なっている場合がある。こうして、上空に薄い氷晶の雲があると、暈や幻日以外のさまざまな光学現象が現れる。
内暈。2007年6月17日7時ころ大源太山にて(右に幻日)。 | 内暈。2007年6月17日9時ころ大源太山にて(左に幻日)。 |
c. 雲のいたずら
飛行機雲が太陽の光を下から浴びて、飛行機雲よりも高い雲に影を映しているように見えることがある。これは錯覚であることが多く、実際は薄い雲を透かして飛行機雲が見えていて、その影が下の薄い雲に落ちているのである。
そもそも、太陽の光が下から雲を照らすことは、太陽がまだ地平線下にあるころから日の出直後までと、日没直前からその後地平線下に沈んでからしばらくの、限られた時間帯、それもかなり高い雲の場合でしかない。それも、例えば日没近くでは東の空の高い雲でしかないこともわかる。
このように考えると雲底に日が当たることはほとんどないことになる。なお、上のarccosという関数は、三角関数sinの値がわかっているときに、それに対応する角度を求める関数であり、上の例ではsinの値が(6400/6410=0.9984)となるような角度を求めるという意味なる。角度3.2°という大きさは、太陽が天球上を1°動くのにかかる時間は4分なので、日の出後・日没前の15分くらいという時間である。 | このように、薄い雲の上の飛行機雲が、下の薄い雲の上に落ちている影を見ていることになる。 |
下からの太陽の光を浴びた飛行機雲が、上の雲に影を落としているように見える。太陽は右の木の後ろにある。2006年11月10日15時30分ころ、東京多摩市にて。 | 左を拡大したもの。実際は薄い雲の上に飛行機雲があり、その影が下の薄い雲に落ちている。 |
2.大気のいたずら
a.青い空と夕焼け
太陽の光はいろいろな波長を含んでいるが(恒星のスペクトル参照)、波長が短い方(青色の方)は空気(窒素・酸素)の分子によって強く散乱(レイリー散乱)され、赤い色の光はあまり散乱されずに通過していく。人は自分の目に入った光を感じる。そこで、空気によって散乱された青い光はあらゆる方向から来ることになるので、その光が目に入り、空全体が青く見える(宇宙から地球を見ても、空気分子が散乱した青い光が眼にはいるので、地球の大気は青く見える。下の写真参照)。下の図の散乱光は人の目に入ったものだけを描いているが、実際はあらゆる方向に散乱光が出ている。また当然、散乱光も空気の分子に当たれば、そこでまた散乱する。つまり、人の目に入った光は何回も散乱されたものが来ている。だから、青色より波長の短い紫色の光はかえって途中でより散乱されるためにあまり目に入らない。
いろいろな色(波長)を含むので白っぽく見えるはずの太陽を見ると、レイリー散乱で青色や紫色がのぞかれるので、残った色、すなわちだいだい色っぽく見える。
大気中の細かい塵(ちり)などによるミュー散乱も起きているので、白い光も混ざっている。高い山の空が低いところの空の青よりも、より青く見えるのは、高い空には塵が少なく、ミュー散乱による白い光が少なくなるからである。都会などの大気中を漂う塵の多いところでは、空はより白っぽく見える。逆に、塵などがほとんどない成層圏では、さらに濃い青色の空になる。これは左記の理由に加え、より強く散乱される紫色の光が、地表近くよりはあまり散乱されないので目に入るからである(青色と紫色が混ざってより濃い青色に見える)。
宇宙から見ても地球の大気(地球の縁)は青く見える。地球の大気(比較的濃い大気の部分)が地球の大きさに比していかに薄いかもわかる。飛行しているのは国際宇宙ステーション。
http://www.britannica.com/eb/art-68699
成層圏の青い空(2003年12月30日オーストラリアから日本へ戻る途中)
夕方、明け方は太陽の高度が低いので大気中(空気中)を通過する経路が長くなる。そこで、波長の短い青い色や紫色は途中で散乱されて目に届きにくくなり(白い色から紫色や青色がのぞかれ)、途中で散乱されにくい波長の長い赤い色が目に入ることになる。こうして、明け方や夕方の赤い空(朝焼け、夕焼け)が起こる。
火星の赤い空の色は、薄い火星の大気では大気分子による散乱光ではなく、巻き上げられた地表の細かい赤い砂による赤い散乱光である。火星の朝焼け・夕焼けは地球とは逆に、赤い光は散乱されれてあまり届かなくなるので残った青が目立つようになる。
火星の赤い空(NASAのMars Pathfinder 1998年10月12日)
http://mars.jpl.nasa.gov/MPF/index1.html
火星の青い夕焼け:NASAのMars Exploration Spirit Rover
が2005年5月19日に撮影。
http://marsrovers.nasa.gov/gallery/press/spirit/20050610a.html
b.蜃気楼(しんきろう)
地表(水面)近くの空気の温度の方が上空の空気の温度よりも低いと、温度が高く密度が小さい空気中の方が光の速さが速いので、対象物からの光は下の図の上に凸の実線のように屈折して目に入る。ヒトは光は直進すると思うので、この光は点線のようにやってきたと判断する。そこで対象物空の光は本物の上に倒立した像を描くことになる。これが上位蜃気楼である。日本で蜃気楼といえば、この上位蜃気楼のタイプをいうことが多い。
※ 速さが連続的に変化する媒体中の波の経路については、「第二部-2-地球の科学」の「第3章 地球の構造」の<2.地球の構造−2−>の用語と補足説明「地球内部を伝わる地震波」を参照。
日本では富山湾に面した魚津市が、蜃気楼の出る場所として有名である。魚津市埋没林博物館の「もっと!いろいろ蜃気楼」のページを参照。
c.逃げ水
逃げ水は蜃気楼(上位蜃気楼)とは逆に、地表(水面)近くの空気の温度の方が、上空の空気の温度よりも高い場合に生ずる。この場合は、対象物からの光が上に凹の曲線を描いて目に入る。そこで、それを見たヒトは本物の下に倒立した像が見えることになる。原理は蜃気楼と同じで、本物の下の像ができるので下位蜃気楼ともいう。
あたかも地表に水たまりができて、その水に反射しているように見える。その“水”は近づくと消えてしまい、そこからまた遠くに見えるので、逃げ水という名称がついた。砂漠の蜃気楼もこのようなものが多いのかもしれない。
日差しの強い日(夏でなくてもよい)、舗装道路でしばしば見られる現象である。暑い日差しで暖められた舗装道路の表面が、それと接する空気を暖めるので、逃げ水が生ずる温度勾配を作るのである。観察するときには、できるだけ目線を下げるとよい。でも、車に気をつけよう。
逃げ水の例。横断歩道の向う側に水たまりがあるように見える。白い車がそれに映っている。(2007年7月24日、下の写真も同じ) | |
黄色い車の前に逃げ水が見える。 | しかし目線を高くすると逃げ水は消えてしまう。 |
回折:下図のように、まっすぐに進んできた波が、障害物があると、その後ろに回り込むように進むようになる。これを回折という。同じ障害物に対しては、波長の方(色でいうと赤い方)が、波長の短い方(色でいうと青色の方)よりも大きく回折する(逆にいうと、波長が短い方が直進性が強い)。こうして、プリズムや水滴による屈折と同じように、もともといろいろな波長に光を含む太陽の光が、波長ごとに別れて虹色に見えるようになる。
散乱:光が小さい粒子に当たったとき、その粒子を中心に光が広がっていく。これを散乱という。光の散乱にはレイリー散乱とミュー散乱がある。
レイリー散乱は、光の波長よりもかなり小さい粒子によって起こる。空気(窒素や酸素)の分子は、可視光線の波長(0.38μm〜0.77μm)の10分の1程度の大きさなので、光の波長よりもかなり小さい粒子といえる。レイリー散乱は波長の4乗に反比例するので、波長の短い青い色(紫色はもっと波長が短いが人の目には見えにくい)の方が、波長の長い赤い色よりも強く散乱される。青い光の波長(約0.4μm)は、赤い光の波長(約0.8μm)の約1/2だから、散乱の強さは16倍にもなる。光と波長、それが人の目にどう見えるかは恒星のスペクトルも参照。
ミュー散乱は光の波長に対して、それよりも大きな粒子によって起こる。雲粒、大気に浮かぶ塵(ちり)や煙の粒などはミュー散乱を起こす。ミュー散乱は光の波長には関係がないので、ミュー散乱の場合は白っぽく見えることになる。雲粒によるミュー散乱は光を遮っているわけではなく、前方に散乱された光が目に入るので雲は白く輝いて見える。もちろん光を遮るような分厚い雲は黒っぽく見える。
空の輝き:http://homepage3.nifty.com/ueyama/sky2/sky.html
天空博物館:http://www.asahi-net.or.jp/~cg1y-aytk/ao/
Atmospheric Optics(大気光学現象):http://www.atoptics.co.uk/
魚津市埋没林博物館「もっと!いろいろ蜃気楼」:http://www.city.uozu.toyama.jp/nekkolnd/mirageex/index.html