4 原子力  

 化学エネルギーで生命を維持しているわれわれ人類が(地球型生物が)、本当に核エネルギーを制御できるであろうか。 

4・4 原子炉の事故

※ 2011年3月11日に始まる福島第一原発の事故についてはこちら

(1) チャイナシンドローム

 原子炉の事故で一番恐れられているのが、何らかの原因で冷却水を供給するパイプが破断して、炉心が空だきになる事故である。実際にこのような事故が起これば、中性子の減速剤としての水もなくなるわけで、核反応は止まると考えられるが、燃料棒の発熱は続く。そのため2000℃を越える高温になったウランは融け、重いので下に沈み、格納容器の鉄を融かし、その下のコンクリートも融かし、さらに地面・岩石も融かし、アメリカにとっては地球の反対側の中国に突き抜けてしまうというブラックユーモアが、チャイナシンドロームという名の由来である。実際には炉心が融ければ、格納容器の底に残っている水、あるいは地下水と反応して水蒸気爆発を起こし、放射能を撒き散らすと考えられている。

 そうした事故を想定し、原子炉には緊急炉心冷却装置(ECCS=Emergency Core Cooling System)が必ず付いている。もし事故が起きたとき、ふだんとは別系統で一気に炉心に水を注入する装置である。本当に事故が起きたとき、これがきちんと作動してくれるだろうか。

(2) 実際の事故例

a スリーマイル島(TMI)の事故

 1979年3月、アメリカのスリーマイル島の原子炉(出力96万kwのバブコック&ウィルコックス社製加圧水型炉)の炉心の冷却水が失われ、炉心が溶融するという事故が起きた。原子炉水位計の指針が引っかかって動かなかった(つまり炉心の冷却水は抜けていないと表示されていた)ため、運転員の判断を結果的に誤らせて、緊急炉心冷却装置を切ってしまったことがさらに事故を大きくしてしまった。原発からは放射性の希ガスとヨウ素が放射能の雲として環境に放出された。炉心の半分が完全に溶融していたことが数年後に判明した。


スリーマイル島の原子炉
http://www.epa.gov/history/timeline/80.htm

 

b チョルノービリの事故

 1986年4月、ソ連(当時、現在は1991年にソ連崩壊後に独立したウクライナ領内)のチョルノービリ(当時はチェルノブイリと表記)の原子炉の4号炉が暴走、爆発(水蒸気爆発とジルコニウム−水反応でできた水素と空気の混合気体の爆発、減速剤として使っていた黒鉛が火災を起こした。小規模な核爆発の可能性もある、少なくとも核反応は継続中だった)、さらに火災を起こした。消火に駆けつけた消防士を中心に、最終的には31人の死者を出した。

 事故直後13.5万人が避難し、さらにベラルーシ共和国は11万人の移住を決定した(1989年)。今なお、汚染地域(1km2当り3.7×1010ベクレル(1キュリー以上))には600万人以上の人が住んでいる。ベクレル(Bq)は次ページを参照。

 なお、この事故以後も運転を続けていた3号炉は、2000年12月に完全停止された。

事故直後の4号炉を真上から撮影したもの。まだ火災の煙が上っている。
完全に吹き飛んだ4号炉。コンクリートでおおう作業が行われようとしている。
http://dinomodernism.blogspot.com/2005_05_01_archive.html

 

c 東海村核燃料工場の臨界事故

 1999年に9月31日に、日本で初めて原子力関係の事故による死者を出してしまった。事故を起こした(株)JCOは、アメリカから輸入した六フッ化ウランを、粉末の二酸化ウランに変換する工程を行っていた。従来から効率を優先した「裏マニュアル」に従って作業していた。ふだんは軽水型炉のための3%ウラン235を扱っていたが、事故を起こしたときはめったに需要がない高速増殖炉実験炉<常陽>用の18.8%ウラン235を扱っていた。そのため、通常の3%のウラン235では臨界に達しない量でも、18.8%のウラン235では臨界に達し核反応が起きてしまった。

   作業者3人のうち、最大被曝者の被曝量は17シーベルトといわれる。また7シーベルト被曝した人もいる。この二人は事故後数ヶ月から半年で亡くなった。

 原子炉や使用済み核燃料の再処理工場ばかりか、核燃料をつくる工程にも危険があることを示した事故であった。

 ※ 臨界については4・1参照。ベクレル(Bq)、シーベルト(Sv)は次ページを参照。

 

d 関電美浜3号炉の2次系パイプ破断事故

 2004年8月9日、関西電力美浜原子力発電所3号炉(1976年12月運転開始)の発電用タービンを回した水蒸気を、海水で冷却して水に戻した(水とはいっても9.5気圧(9.3MPa)、140℃以上)ものを循環させている2次系冷却水のパイプが破断した。このため瞬時に発生した水蒸気はタービン建屋を2階を充満し、11人がその蒸気を浴び、4人が亡くなった。

 運転開始後、すでに30年近い老朽化したパイプを一度も点検していなかった。その間パイプの厚さは、本来10mmであるはずものが、破断したところは1.4mm、もっとも薄いところでは0.6mmまでになっていた。パイプの内径は540mmであるが、流量を測定するため(流量測定装置(オリフィス)を設置するため)に内径を340mmに絞ったところがあり、そのうしろで乱流が発生してパイプの減肉を促進したと考えられる。

 関電の原発はPWRなので、2次系冷却水の水蒸気-水には放射能は含まれないという前提があり、2次系の点検をおろそかにしていた。しかし、この事故のすでに18前、アメリカのバージニア州サリー原発で同様な事故があり、死者も出ていた。こうして教訓を生かせなかったことになる。今後、多くの原発の老朽化が進んでいく中、施設・設備の老朽化に伴う事故の恐れが現実のものになっているということを如実に示したものであるといえる。


破断したパイプ:経済産業省「関西電力株式会社美浜発電所3号機の自動停止について(第2報)」
http://www.meti.go.jp/press/0005483/0/040809mihama2.pdf

 

e もんじゅ(高速増殖炉原型炉)の事故

 1995年12月8日、二次冷却系(原子炉格納容器の外に熱を運ぶための液体ナトリウムが通っている)のパイプに差してあった温度計が壊れ、そこからナトリウムが漏れ、そのナトリウムが空気中の酸素と反応して火災を起こした。

 なお、もんじゅの2010年10月22日現在の状況は<4・3 原子炉>を参照。

パイプが破断した箇所(文部省環境防災Nネット)
http://www.bousai.ne.jp/vis/bousai_kensyu/glossary/mo08.html
事故を起こした現場(原子力安全白書平成13年版)。破断したパイプが太いものであることがわかる。
http://www.nsc.go.jp/hakusyo/hakusyo13/122.htm

f.福島第一原発

※  放射線(ベクレル(Bq)・シーベルト(Sv)などの単位、危険性、限界線量など)については、<4・5 放射能の危険性>を参照。

 2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震(M9.0)によって生じた津波により、福島第一原発が被災した。福島には第一、第二原発の合計10基の原発がある。地震発生時、福島第一原発では1号炉〜3号炉が運転中、残り4号炉〜6号炉は定期点検のために停止中であった。第二原発の4基は地震の震動で緊急自動停止(スクラム)、その後4基とも冷温停止状態になったと東電が発表した(3月15日http://www.tepco.co.jp/nu/f2-np/press_f2/2011/pdfdata/j110407a-j.pdf)。

 
BWRの次の数値は認可出力(万kW)、次が運転開始日。1号炉は40年前のものであることがわかる。
原子力白書平成21年版:http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/hakusho/hakusho2009/siryo.pdf

 第一原発は「想定外」(想定は5.7m)の高さ14mの津波に襲われ、海岸部の施設、とりわけ非常用電源関係の施設が全壊した。地震の震動により、運転中の3基は緊急自動停止(スクラム)したようである(この時点での炉心の損傷の有無については確認できていない)。非常用電源が失われたため、通常用冷却システム、緊急炉心冷却装置(ECCS)がともに動かなくなった。また、運転停止中の4号炉の使用済みの燃料を保管していたプールの冷却システムも失われた。

 核反応が停止しても、燃料棒にたまった放射性廃棄物の崩壊熱は出続ける。つまり冷却システムが失われた炉心や使用済み燃料棒は高温になっていく。その高温になった燃料棒外側の金属(ジルコニウム)と水が反応して水素が発生した。その水素が、原子炉建屋(原子炉が入っている一番外側の厚さ1m以上の鉄筋コンクリートの建物)に充満して(圧力容器内の水素ガスが建屋に漏れた(あるいは意図的に出した?))爆発したため(1号炉は3月12日、3号炉は3月14日、4号炉は3月15日に爆発)、原子炉建屋の上部が吹き飛んだ。

左:福島第一原発、奥から1号機から4号機、右:3号機(左)と4号機(右、右側に使用済み燃料貯蔵プールに水を注入している特殊な放水機(赤)が見える)
2011年3月24日撮影(エア・フォート・サービス社):http://www.yamazaki-k.co.jp/airphoto/(2011年3月31日で配信停止)
地震・津波前の福島第一原発1号炉〜4号炉。

 炉心そのものの損傷については確認が取れないが、一時炉心の水位が下がったことはほぼ確実、つまり燃料棒がむき出しの状態になったために、炉心の一部が融けたと推定される。読売新聞2011年4月7日の記事では、1号機の炉心の約70%、2号機約30%、3号機約25%と推定されると報道した。これはNews Weekの冷泉彰彦氏の署名記事の、炉心は1号炉で70%、2号炉で33%の溶融という推定とほぼ一致している。


炉心溶融のイメージ(読売新聞)

 ともかくさらなる水素爆発、または水蒸気爆発と、それによる放射性物質の大量放出を避けるためには、原子炉の炉心と使用済み核燃料貯蔵プールを冷却し続けなくてはならない。安定した冷却システムを構築できるまでは、放水できるあらゆるものを利用して、またはヘリコプターまでも使って、消防、自衛隊になどの協力も得ながら、原子炉に放水・注水した。その水も、淡水が安定供給できるまでは海水を使っていた。ともかく、その作業はこの量まで被曝してもやむを得ないという限界線量を急遽250mSv/年(職業人は50mSv/年、緊急時には100mSvだった、一般人は1mSv/年)に引き上げて行わざる得ない過酷なものである。

※ Sv(シーベルト)は被曝量の単位。1Sv=1000mSv=Sv。<4・5 放射能の危険性>を参照。

 下は福島第一原発1号炉〜6号炉4月7日までの状況である。


朝日新聞:http://www.asahi.com/photonews/gallery/infographics3/110407jiko02.html


東京電力の図(http://www.tepco.co.jp/nu/knowledge/system/index-j.html)に加筆

 

 この事故により、すでにスリーマイル島の事故よりも大量の放射性物質が放出されていると思われる(ただし、2011年4月8日現在、政府(原子力安全・保安院)の評価はレベル5)。チョルノービリを上回る可能性もある。一部の学者はチョルノービリは核反応中の事故で、福島第一原発は核反応停止後の事故、つまりチョルノーブリほどの事故ではないといっている。しかし、チョルノービリは1基の原発の事故、福島原発は(最低)4基同時の起こった事故であり、しかもまだ事態は進行中(2011年4月8日現在)である。この全体像がわからないうちは、単純な比較はできないだろう。


7段階で表示される事故のレベル(朝日新聞):http://www.asahi.com/photonews/gallery/infographics/npp009.html

 いずれにしても、事故後に原発を中心として放射線が高い濃度で検出されている。また、排水溝からも汚染水が海に流れ出ている。政府はとりあえず、福島第一原発を中心に20km圏内と第二原発を中心10km圏内を避難指示地域、第二原発から20km〜30kmを屋内退避地域(自主避難を推奨)とした。この範囲は、実際の汚染状況により、さらに拡大される可能性がある。政府は積算20mSv(ミリシーベルト)を避難基準の目安とするようだ。

 この放射線は、原子炉から放出された放射性物質が風に乗って運ばれてきたものが放射線源である。だから、風向きに非常に敏感である。さらに、放射性物質を含んだ空気中のちりが雨により地上に落ちてくるので、原子炉から風が吹いてきて、そのときに雨が降ると、測定される放射能値が跳ね上がることになる。だから、汚染濃度の分布図は原発を中心とする単純な円にはならない。

 こうした放射線量率は1時間あたりの値が発表されることが多い。たとえば、福島第一原発から北西約30kmの地点(飯舘村付近)で、4月8日11時16分に24.6μSv/h(1時間あたり24.6マイクロシーベルト)という値が計測されている(http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/04/08/1304667_040816.pdf、一時は100μSv/hを越えていた)。この値を約25μSv/hとすると、.25μSv/h=0.025mSv/h(1時間あたり0.025ミリシーベルト)なので、40時間累積すると一般人の限界線量1mSv/年に達してしまう値である。この値がさらにそのまま続けば、政府が検討中という累積20mSvにも800時間(約33日=1ヶ月)で達してしまうことになる。

朝日新聞:http://www.asahi.com/photonews/gallery/infographics3/110408_accumulation2.html
なお、SPEEDIとは原子力安全委員会の「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」のこと。
http://www.nsc.go.jp/info/110323_top_siryo.pdf
帰宅困難地域など(2013年3月現在)
資源エネルギー庁エネルギー白書2013
http://www.enecho.meti.go.jp/topics/hakusho/2013energyhtml/1-2-1.html

放射性物質の拡散のシミュレーション例、風に流されることがわかる。
http://www.spiegel.de/images/image-191816-galleryV9-nhjp.gif
神奈川県久里浜における線量率の変化、原発で何か出来事があったときに放出された放射性物質が、原発から風で運ばれてきたり、またそのときに雨が降ったりすると数値が跳ね上がり、その後じょじょに下がっていく。単位のnGr(ナノグレイ)は放射線量の単位。1Gr=1Svとしてよいので、1nGr/h=1nSv/h=0.001μSv(マイクロシーベルト)。
http://www.atom.pref.kanagawa.jp/cgi-bin2/telemeter_map.cgi?Area=all&Type=WL

 これまで、原子力関係者は、日本の原発はいかなる地震・津波にも大丈夫、余裕のある設計だと自信満々だった。建屋はどんな揺れにも耐えるだけ頑丈につくってあり、また最大級の津波が来ても、押し波でも波が来ないところ、また引き波でも冷却水を取水できる(冷却の中断はない)といっていた。そして、いかなる地震でも「止める、閉じ込める、冷やす」の機能は維持されるとも。しかし、今回の地震と津波は、彼らの「想定」を遙かに超えてしまった。一応、核反応は止まったようだが(未確認)、2011年4月8日現在、まだ安定して閉じ込める、冷やすという状態には至っていない。

電気事業連合会「原子力コンセンサス2010」
http://www.fepc.or.jp/library/publication/pamphlet/pdf/consensus2010.pdf
原子力安全・保安院「原子力の耐震安全性」
http://www.nisa.meti.go.jp/koho/pamph/files/taishin.pdf
原子力安全・保安院「原子力の耐震安全性」
http://www.nisa.meti.go.jp/koho/pamph/files/taishin.pdf

 今後(2011年4月8日以降)、福島第一原発がどのような経過をたどるのか、まだまったくわからない。一番楽観的な予想をすれば、現在の作業員の決死の努力が実って、原子炉が冷温停止、放射性物質の流失も止まるというものだろう。だがそれであっても、安定した状態になるまでには長い時間が必要である。さらにその後、1号炉から4号炉までは廃炉になるだろう(海水を入れた時点で東電・政府は決断したと思う、5号炉、6号路も廃炉になる可能性がある)。これにはさらに数十年の年月と、莫大な費用がかかる。廃炉についてはこちらを参照


政府が考えている廃炉までの計画(ロードマップ)資源エネルギー庁エネルギー白書2013
http://www.enecho.meti.go.jp/topics/hakusho/2013energyhtml/1-2-1.html

 いずれにせよ東京電力(と政府)は、事故を起こした原子炉を安定な状態に持って行くための費用、廃炉にかかる費用に加え、避難した人々や農業・漁業などにたいする補償という莫大な金額を用意しなくてはならない。もし、今後新たな原発をつくるとしたら、地域に対する経費も跳ね上がっているだろう。原発の事故に対する事業者(東京電力)への保険金支払いの上限は1200億円であり、それ以上は事業者の無限責任となるはずである(電気事業連合会も無限責任といっている(http://www.fepc.or.jp/present/safety/saigai/songaibaishou/index.html)。ただし、「原子力損害の補償に関する法律」の第3条で、「その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。」という免責条項があるので、これまた先行きは不透明である。しかしそれでも、こうした費用を考えると、これまでの原発の発電単価は安いという電力会社の主張は通らなくなりだろう。

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