第3部 生命

第3章 人類の起源と進化(2)

目次
3. 日本列島人の起源
a.縄文人の祖先
b.弥生人の渡来
用語と補足説明
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3.日本人の起源

a.縄文人の祖先

 7万年前ほどから地球は氷期に入り、大量の水が氷として陸地に固定されたために海水面が低下し、東南アジアにはスンダランドという広大な陸地が広がっていた。アフリカから世界に散っていったホモ・サピエンスの一部のここにたどり着いたと考えられる。下の黒●はこうした人類の化石が出る場所であり、その年代は3万5000年前〜3万4000年前ころのものである。彼らは陸上で狩猟採集生活を送るばかりではなく、丸木船を造って海にも乗り出した。

 こうして海に進出したモンゴロイド(蒙古系)の中の南方系の人たち(スンダドント)の一部は、黒潮に乗って北上し沖縄にも移り住んだと考えられる。

 はっきりと確認される日本で一番古い人類の化石は、沖縄の港川人といわれている。港川人は沖縄の具志頭村港川石灰岩採石場で1970年に発見された。現在までに4体分の骨が出ている。炭素14法(14C法)で求められた年代は1万8000年前〜1万6000年前を示す。同時代の東−東南アジアの人類化石と比べると、骨格は中国の山頂洞人や柳江人よりも、インドネシアから出土するワジャク人に似ている。こうしたことから、港川人、さらに縄文人は南方から黒潮に乗ってやってきた人たちの子孫だと考えられている。

スンダランド:国立科学博物館
http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/3/3-02.html
港川人の発掘現場:岩の割れ目の様なところから発掘された。具志頭村立歴史民俗資料館
http://www.vill.gushikami.okinawa.jp/museum/minatogawajin/minatogawajin.htm#発掘現場
港川人(1号)の頭骨と全身骨格:東京大学総合研究博物館 http://www.um.u-tokyo.ac.jp/digital/volume2.html/tenji_honyurui2_35.html

 しかし、最近の研究、とくにミトコンドリアDNAを用いた研究からは、港川人は九州以北の縄文人とはつながりが薄いことがわかってきた。北海道〜関東地方で発掘される縄文人は、ミトコンドリアDNA、さらには石器の共通性から、樺太経由で日本に渡ってきたマンモスハンターが起源らしい。また関東以西の縄文人については、発掘された人骨は少ないが(ミトコンドリアDNAの分析はできないが)、石器などの共通性から見ると朝鮮半島経由で渡ってきた人たちが起源らしい。つまり、これまでは均質と考えられていた縄文人も、樺太経由、朝鮮半島経由でやってきた人たちが、九州以北の縄文人の起源と考えられるようになってきた。

 いずれにせよ、大きく見ればモンゴロイドである人々が、1万2000万年前から水田耕作が始まる2300年前ころまで、1万年間も続く縄文時代を担ったことになる

 なお、日本人の起源については第4章進化も参照。

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b.弥生人の渡来

 3000年前〜2300年前ころから、朝鮮半島経由で大量の北方系モンゴロイド(シノドント)が渡来してくる。彼らは水田耕作の技術を持っていた。顔は全体にのっぺりしていて、体格も縄文人よりは大きい(縄文人の男性平均身長158cm、女性平均147cmに対し、弥生人の男性平均164cm、女性150cm程度)。弥生人の渡来は7世紀頃まで続いたといわれている。

 2000年前ころになると、渡来系弥生人は西日本を中心に、縄文人と混血もしながら勢力を拡大していく。そして、南西諸島にもその範囲を広め、縄文人の子孫と混血して琉球人になっていく。北海道では縄文人がほぼそのままアイヌ人となった。

渡来系弥生人と縄文時の顔の比較:国立科学博物館
http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/5-08.html
渡来人の拡散と日本列島人の形成:国立科学博物館(緑が縄文人、茶が渡来系弥生人)
http://shinkan.kahaku.go.jp/kiosk/nihon_con/N2/KA3-1/japanese/TAB1/img/M01_g01_con.png


用語と補足説明

日本の古い人類化石骨のごく一部だけなら、港川人よりも古い化石も出土している。いずれも沖縄で、山下町洞穴人骨は足の骨の一部で、3万2000年前の年代を示す。宮古島のピンザアブ洞穴人骨は頭骨と背骨の一部で、2万6000年前を示す。本土でもっとも古いものは浜松の浜北人骨で、1万8000年前〜1万4000年前の年代になる。かつて古いといわれていた、栃木県の葛生人骨、静岡県の三ヶ日町人骨、愛知県豊橋市の牛川人骨、兵庫県の明石人骨、大分県の聖嶽人骨などは、その後の研究の結果、時代は縄文時代以降(新しいものになると江戸時代)、あるいは獣骨であることがわかった。

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縄文人と弥生人:縄文人は南方系で暑いところに適した体の特徴、渡来系の弥生人は北方系で寒いところに適した体の特徴を持っている。現在の日本人はそれぞれの特徴を持っている。どちらかというと西日本には渡来系弥生人の特徴が、東日本では縄文系の特徴が強く出ている人が多いといわれている。


南方系の顔(左、台湾の高砂族)と北方系の顔(右、蒙古人):国立科学博物館
http://www.kahaku.go.jp/special/past/kao-ten/kao/jomon/jomon01.html

縄文系の人々 身体特徴 渡来系の人々
四角/長方形 顔形 丸/楕円
直線 造作の線構成 曲線
凹凸 プロフィル なめから
立体的 彫りの深さ 平坦
太い/濃い/直線 細い/薄い/半円
濃い/多い ヒゲ 薄い/少ない
二重 まぶた 一重
小さい 頬骨 大きい
大きい/福耳 耳たぶ 小さい/貧乏耳
湿る/飴耳 耳アカ 乾く/粉耳
広い/高い 狭い/低い
厚い 薄い
小さい 大きい
引き締まる 口元 出っ張り気味
長い 四肢の末端 短い
多い 体毛 少ない

縄文系の人々と弥生系の人々の特徴:国立科学博物館
http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/5-18.html

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日本人はるかなる旅展(国立科学博物館)http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/index.html

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