第6章 地殻熱流量
1. 地殻熱流量の測定
熱は温度の高い方から低い方へと流れる。そして地球内部は熱い。だから、熱は地球内部から外(宇宙)に向かって流れている。この熱の流れを地殻熱流という。
熱流量(Q)は、2点間の距離が一定ならば温度差が大きいほど大きい(温度差に比例する)、また温度差が一定ならば2点間の距離が短いほど大きい(距離に反比例する)、そしてその2点間の間の物質の熱の伝えやすさ(熱伝導率)にも比例する。
陸上での地殻熱流量の測定は、気温の変化の影響を避けるために深い穴を掘って(実際には鉱山などのトンネルを利用して)、深さの異なる2点間の温度差と、その間の岩石を採集して熱伝導率を実験室で測定することによって求める。
海での地殻熱流量の測定は、深海では水温の変化はあまりないし、海底の堆積物も柔らかいので比較的簡単である。下右図のように、温度計を付けたヤリ(パイプ)を海底に突き刺すことによって、2点の温度を精密な温度計で計り(実際は温度計は3箇所ほどついている)、その間の堆積物を採集して熱伝導率を測ればよい。
この地殻熱流量の値は、陸でも海でもだいたい69×10-3J・s-1・m-2(69mW・m-2)くらいである。
※ 地殻熱流量の値はASTER(http://www.science.aster.ersdac.or.jp/jp/glossary/jp/ti/terrestrial_heat.html)による。
2. 地球内部の熱源
なぜ地球内部は熱いのだろう。これは地球内部に熱源があるあるからである。地球内部の熱源とは、ウラン(ウラン235、ウラン238)やトリウム(トリウム232)、カリウム(カリウム40)などの放射能を持つ物質である。これらの元素が崩壊して放射線を出し別の物質に変わるときに熱も出すのである。
これら放射性同位元素の含有量は、岩石によって大きく異なる。下に代表的な岩石1kg中の放射性同位元素の量(kg)と、それらによる発熱量を示す。花こう岩の発熱量が、他の岩石よりはるかに大きいことがわかる。
ウラン(kg/kg) | トリウム(kg/kg) | カリウム(kg/kg) | 1年間の発熱量(J・kg-1) | |
花こう岩 | 4.75×10-6 | 18.5×10-6 | 379000×10-6 | 34×10-3 |
玄武岩 | 0.6×10-6 | 2.7×10-6 | 8400×10-6 | 5.0×10-3 |
かんらん岩 | 0.016×10-6 | 0.060×10-6 | 12×10-6 | 0.038×10-3 |
石質隕石(コンドライト) | 0.011×10-6 | 0.041×10-6 | 800×10-6 | 0.15×10-3 |
いん鉄(鉄隕石) | <1×10-10 | −− | −− | <0.003×10-3 |
花こう岩は地殻上層部を代表する岩石、玄武岩は地殻下層部を代表する岩石、かんらん岩はマントルを代表する岩石、さらに石質隕石はマントルと同じようなもの、いん鉄は核と同じようなものと考えられている。つまり、熱源は地殻上層部に集中して、地殻下層部に少なく、さらにマントルにはもっと少なく、核にはほとんどないということになる。なぜこうなっているかはこちらを参照。
だから、地殻上層部がない海では発熱量が小さいのだから、熱流量が小さいと考えるのがふつうである。しかし、実際に測定して見ると、陸でも海でも同じような値になる。これは大変に不思議なことである。モデル地殻の発熱量はこちらを参照。
3. 地殻熱流量の地域性
海の地殻熱流の測定は、その方法が開発された今日においては、陸より楽である。だから、測定点は海の方が多い。その海の地殻熱流量の平均値は陸と大差ないのだが、地域によってその値が大きく異なることもわかった。下に太平洋の地殻熱流量の模式図を示す。
京都大学地球科学研究室石川氏のページ
http://www.gaia.h.kyoto-u.ac.jp/~ishikawa/Lecture/EE/EE02-2.pdf(2008年12月13日現在リンク先が見つかりません)
中央海嶺では平均値の8倍くらいにもなり、中央海嶺から離れるに従ってその値は小さくなる。火山島であるハワイ付近だけは少し高い。日本海溝ではその値は小さくなる。しかし、日本海の地殻熱流量は大きい。
こうしたデータから、中央海嶺では何か熱い物質がわき上がっている。そして海溝に向かってだんだん冷えていくということが予想される。つまり、地球内部からの熱は熱伝導だけではなく、物質そのものの移動でも運ばれていることが想像される。こうしたことについてはプレートテクトニクスの章を参照。
岩石の熱伝導率と地温勾配:岩石の熱伝導率は2〜3J・m-1・s-1・K-1くらいである。地温勾配は2〜3×10-2K・m-1くらいである。
地殻熱流量の大きさ:地表に到達する太陽エネルギーは、約170J・s-1・m-2(170W・m-2)である。だから、地殻熱流量はその2500分の1でしかない。つまり、地球表面の温度や気象の変化に対しては、地殻熱流量は影響を与えていないとしてよい。
じっさい、氷(密度0.92×103kg・m-3)の融解熱は3.4×105J・kg-1であるから、断面積1m2、厚さ1mの氷(質量0.92×103kg)を融かすのには3.4×105J・kg-1×0.92×103kgのエネルギーが必要。平均的な地殻熱流量69×10-3J・s-1・m-2では、その熱を1年間(3.16×107s)貯めたとしても、69×10-3J・s-1・m-2×3.16×107s。この熱で溶かすことができる氷の厚さは(69×10-3×3×16×107)÷(3.4×105×0.92×103)=7.0×10-3(m)。つまり1年間かかっても、わずか7mmの厚さの氷しか融かすことができない。
しかし、この熱を100km×100kmの面積(1010m2)で貯めたとすると、1年間では69×10-3J・s-1・m-2×3.16×107s×1010m2=2.2×1016Jとなる。マグニチュード8の地震のエネルギーが約6.3×1016Jであるので、わずか約2.9年でそのエネルギーに達してしまう。日本のように地震の多い国、そのなかでも巨大地震が多い日本海溝沿いと地域を限定しても、マグニチュード8規模の地震は150年から200年に1回くらいしか起きない。地球全体を平均すればこの値はもっともっと小さくなる。
地殻熱流は地震や火山のエネルギー源と考えられているが、その大部分は地震や火山活動を起こさずに、そのまま宇宙に流れ出ていると考えられている。
モデル地殻の発熱量:断面積1m2、長さ1km(体積103m3)の花こう岩(密度2.7×103kg・m-3、地殻上層部)、玄武岩(密度3.0×103kg・m-3、地殻下層部)の発熱量を求めてみる。ここで、1年=3.2×107sである。
花こう岩=34×10-3J・kg-1÷(3.2×107s)×2.7×103kg・m-3×103m3=2.9×10-3J・s-1
玄武岩 =5.0×10-3J・kg-1÷(3.2×107s)×3.0×103kg・m-3×103m3=4.6×10-4J・s-1
断面積1m2、厚さ30kmの大陸地殻(上層部25km、下層部10km)の発熱量は、25×2.9×10-3J・s-1+10×4.6×10-4J・s-1・m-2=7.7×10-2J・s-1・m-2(77×10-3J・s-1・m-2)となり、これだけで大陸部の地殻熱流量の平均69××10-3J・s-1・m-2を十分に説明できる。逆に、海洋の地殻(厚さ10kmの玄武岩質)にはこのうち上層部(花こう岩質の部分)がないので、その発熱量は4.6×10-3J・s-1・m-2でしかなく、これだけでは海洋部の地殻熱流量を説明できない。つまり、海洋部においては、熱伝導だけではなく他のメカニズム(温度の高い物質そのものが移動して熱を運んでいる=マントルの動き)を示唆するものである。
地球の熱源:放射性同位元素が発見される以前は、地球内部が熱いのは地球生成時の熱がまだ蓄えられているためと思われていた。だから、地球はどんどん冷える一方だと考えられていた。
この考えに従って、熱い地球(岩石が融ける程度の温度を想定)が現在の温度に冷えるまでの時間、つまり地球の年齢を計算したのはケルビン(イギリス、1824年〜1907年)である。彼は地球の年齢は2000万年〜4億年の間、たぶん1億年程度だろうと見積もった。
この値はとうてい当時の地質学者としても、受け入れられる数値ではなかった(このころから、地質学者の物理学者に対する反発が始まる?)。生物の進化に要する時間、あるいは侵食作用から堆積岩ができるまでの時間などを考えると、とても数億年では足りないと考えていたのだ。じっさい、現在は地球の年齢は約45.5億年程度であることがわかっている。
この章の参考となるサイト