この日の午前は臥龍(がりゅう)パンダ保護センター、そののち黄龍(こうりゅう)へ移動です。
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(1) 臥龍パンダ保護センター
(2) 黄龍へ
(1) 臥龍パンダ保護センター
この日はまず、前日行けなかった臥龍パンダ保護センターに行きました。
パンダ保護センター入り口のシンボルマーク。 | 入り口近くにいた一人パンダ。 | パンダ若者組。 | 左の写真の木登りパンダが木を降りる。 | 一人離れてお食事パンダ。 |
給食パンダ。 | 食事に夢中パンダ。 | 生後まだ1ヶ月にもならない赤ちゃんパンダ。でももう白黒模様がある。 | 左の写真の赤ちゃんより少し後に生まれた双子のもう一頭。 | 1歳のピャオピャオと仲良し。 |
(2) 黄龍へ
パンダを見た後は黄龍を目指します。
途中何回か止まったあと、茂県(もけん)という街で昼食。14時近くになっていました。茂県は姜族(きょうぞく)が多数で、姜族は川魚も食べるので、ここでは川魚料理が名物だそうです。ちなみにチベット族は遺体を川に流す水葬(あとは、天葬(鳥葬)、塔葬(偉いお坊さんだけ)、火葬、土葬)もあるからか、川魚は一切食べないそうです。
その後も岷江(みんこう、長江の支流)に沿って走ります。
16時頃、1933年M7.5の地震の再発生した山崩れで岷江がせき止められてできた湖、畳渓海子(じょうけいがいし)で止まります。山崩れの跡はわかりませんでした。ただ、これだけの規模の湖を作ったのですから、被害も大きかった(死者7000人)ということです。
ここのドライブインにはおみやげ屋さんが沢山並んでいました。文革グッズも売られていて、思わず毛沢東−林彪が並んでいる写真、しかも林彪失脚直前の年号が入っているものがあり、思わずゲットしてしまいました。でも、それより毛沢東−劉少奇が並んでいたものももあったので、こちらも買えばよかったとちょっと後悔。何しろ十数元でゲットできるわけですから。
その後、チベット族、姜族、回族が仲良く暮らしている松藩(しょうはん)の街を見学します。四方がものすごく分厚い城壁に囲まれた街です。
さすが中国は広い。移動も大変です。宿泊地の黄龍についたのは、20時45分頃になってしまいました。
畳渓海子。いかにも堰止め湖らしい。 | 畳渓海子のお土産屋さん。下で子供が寝ている。 | 松藩の町並み。 | 松藩の薬屋さんで売られていた冬虫夏草。 | 松藩の城壁。明代のもの。分厚いのでびっくり。 |