第二部−2− 地球の科学

第1章 地震

6. 地震の予知

 地震とは岩盤に歪みがたまり、それが一挙に解放される現象である(4.地震とは何か参照)。もう一つ、地震は地震帯という地域で(日本は全土が地震帯の中と思った方がいい)繰り返して起こる(3.震源の分布参照)。だから、地震の危険地帯は、過去に何回も地震が起きている場所、かつ地殻の歪みがたまっている場所と判断できる。

 もう一つ、地震による被害(震災)を考えると、マグニチュードが小さい地震でも、人口密集地帯の近くで起こると(いわゆる『直下型地震」)大きな被害が出ることが予想される。

 地震調査研究本部は、日本のどこが今後どの程度の揺れに見舞われる可能性があるかについて検討し、今後30年以内(2007年1月1日が起点)に震度6弱以上の揺れに見舞われるかの確率を表した地図(2010年版と2012年版の震動予測図参照)を公表した。その図には、主要な活断層帯、海溝帯ごとの地震発生の可能性も表示されている。下の地震調査研究推進本部のサイトを参照。かつての観測強化地域・特定観測地域は、こうした図の完成によりその必要性がなくなってきたので、廃止される方向である。

http://www.jishin.go.jp/main/chousa/08_yosokuchizu/2008yosokuchizu_rep.pdf
http://www.jishin.go.jp/main/chousa/08_yosokuchizu/index.htm

 ただ、いつ起こるのかという日にちレベルの「短期予知」には成功していない。地震の予知は「場所、大きさ、時期」の三つが揃って初めて意味がある。

 それでも、大地震の危険性が高いと考えられている東海地方に対してのみは、大規模地震対策特別措置法(1978年)に基づき、大地震が迫っていると判断されたときには気象庁の「判定会」(「予知連絡会」でないことに注意)が招集されて、そこで判断し、内閣総理大臣が「警戒宣言」が出すことになっている。もちろん、判定会が招集されても大地震が起きない場合もあるし、判定会議が招集されなくても大地震が起る可能性もある。また、あくまでも東海地方限定で、他の地域で異常が観測されても警戒宣言が出されることはない。

 地震、とくに大地震が起こる頻度は、東海沖のように世界的に見て非常に活発なところでも、100年で1回程度というものである。地震の観測が地震計を用いて行われるようになってせいぜい100年。つまり知識・経験の蓄積の速さは遅い。だからまだわれわれは、大地震については詳しくは知っていないということを知るべきである。だが、「地震予知」実現の要求は高い。この要求が、根拠が希薄であるとしかいえないさまざまな、そして怪しげな「民間予報」(恣意的なデータの取得と解釈)が考え出される根拠だろう。

 ではもし予知できるとして、地震予知はどのように実現されるのだろうか。

 まず、地震とは何かということにもどり、地殻変動の観測を主眼に据えるべきだろう。幸いかつては困難だった地殻変動の連続観測が、GPS(グローバル・ポジショニング・システム、複数のGPS衛星からの電波を利用して位置を正確に測る)の発達により可能になった。この地殻変動のデータを無視した「民間予報」は、それだけで信頼性が低いといえる。ただ、日本は海に取り囲まれており、その海底で起こる大地震の前の地殻変動はつかみにくいものもある。それに、岩盤がどの程度の歪みが来たら地震が起るのかがよくわからない。あるいは地震以外でも歪みは解消されることもある(断層が地震を起こさずズルズルと動く、スロースリップとかサイレント地震といわれる)。だから、現在では地殻変動のデータだけでは予知できない。

 でも、地震活動の異常(前震、本来地震活動が活発な場所の異常静穏など)、震源となりうる地域の地震波速度異常(最近は支持されていないようである)、あるいは5.地震に伴う現象と地震災害で書いた現象が「前兆」としても起こるかもしれない。一部「民間予報」でさまざまな試みがなされている電磁気的現象もそれに含まれる。地磁気や地電流の異常(いわゆる「VAN法」を含む)、電気抵抗の変化、電磁波放射・電波伝搬異常などがそれである。しかし決定打(多くの地震学者の同意を得たもの)はないという現状は冷静に見ておく必要がある。

 その他、地下水・温泉の水位、温度、水質、放射性ラドン含有量なども観測されている。よくいわれる、動物の異常行動などのいわゆる「宏観異常」も、地震が起きた後で「そういえば…」というものが多い。

 いずれにしても、たった一つの現象の異常だけで判断できるものではない。ところが、「民間予報」の多くはこれである。それも根拠が曖昧、論理が飛躍している。どう最大限にひいき目で見ても、天気予報に、気圧の変化は天気の変化と関係している(これは正しい)→海水面の高さ(海水準)は気圧の高さによって変わる(正しいが、潮汐、海流・潮流、波の影響が大きく気圧変動による高さの変化を取り出すのは難しい)、だから、海水準の変化だけで天気予報ができる、というものでしかない。

 一般に、ある方法を「科学的に完全に否定」することは難しい。でも、科学的に否定できないから、それは正しい方法であるということではもちろんない。地震の予知の願いは、健康への願いから、怪しげな健康法に頼る人が絶たないのと同じである。健康も、バランスのよい食事、規則正しく適度な運動を伴う生活、ストレスのない環境を総合して得られるもので、ある一つの「健康食品」を取れば得られるというものではない。地震予知はもっと始末が悪く、起こることは確実なので、起こる起こると言い続ければ、何らかの形で当たることもある。もし、場所・規模・時期が少しずれていても、「予知」した本人やまわりは当たった(あるいは当たらずとも遠からず)と思いこみ、冷静な分析抜きでその記憶だけが残る。

 現段階の地震予知は、地殻変動のデータなどともかく手に入るデータをすべて集め、そしてそのデータの異常を総合的に見て、それでも予知できるかどうかというものである。ある地方のある地震の前に「前兆」と思われた現象が、他の地域で起きないまま地震が起きる、あるいは逆に「前兆」が起きても地震が起きないということも多い。東海地方の「警戒宣言」にしてもじつのところは、「東海地震だけは何とかしたいとの願望から,特別なぶっつけ本番の予知体制」(防災科学研究所)というものである。

 だいたい、地震予知は不可能であると断定している地震学者もいるくらいなのである。たしかに、予知ができるとしても、その道のりは残念ながらまだ遠いであろう(マスコミなどが期待するほど簡単ではない)。つまり、あやふやな地震予知に巨額の予算をつぎ込むよりも、しっかりとした防災対策を施せば、少なくとも確実に震災は軽減されるという考えである(例えば、東大地震学教室ロバート・ゲラー氏、2006年1月現在リンク先が見あたりません)。

 一方、地震予知ができるという立場の人(地震学者)たちはどのように考えているのかは、地震予知研究協議会のパンフレット参照。

 なお、2007年10月1日から気象庁は緊急地震速報を開始した。これは、地震の発生直後に、震源に近い地震計でとらえたP波初期微動)の観測データからただちに震源やマグニチュードを推定し、これに基づいて各地の予想震度を計算して、主要動をもたらすS波到着前にその情報(主要動の到達までの時間と主要動の震度)を知らせるシステムである。主要動が襲う十数秒から数十秒前に速報が入る可能性があるので、そのわずかな時間でもできうる限りの安全対策をとろうといういうものである。つまり、いわゆる地震予知とはまったく異なるものである。この緊急地震速報については気象庁のサイトを参照。携帯電話では、マナーモード中、公共モード中(ドライブモード中)でも、緊急地震速報(メール)受信を音と振動で伝える機種がある。
http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/EEW/kaisetsu/index.html#eewgenri

 下は2011年3月11日の東北地方太平沖地震の際に出た緊急地震速報。推定震度7の地域では、緊急地震速報から5秒〜30秒で主要動が来ている。それだけの余裕がある(それだけの余裕しかない)。


気象庁:http://www.jma.go.jp/jma/press/1103/11b/kaisetsu201103111600.pdf

戻る  このページのトップへ 目次へ  home


用語と補足説明

観測強化地域・特定観測地域地震予知連絡会(国土地理院長の私的諮問機関)は、1970年(1974年、1978年に追加・見直しなど)に地震の危険地帯を特定観測地域、さらに危険と思われるところを観測強化地域に選定した。

特定観測地域と観測強化地域(地震予知連絡会)
http://cais.gsi.go.jp/YOCHIREN/JIS/chizu.gif

 それ以後起きている震災を伴う地震は、ほぼこの中、あるいは近辺で起きていることがわかる。そういう意味では長期的な予報はできている。じっさい、2003年9月26日に起きた釧路沖地震(気象庁マグニチュード8.0、特定観測地域からは少しずれているが)は、2003年1月1日を起点にした10年以内の発生確率は10〜20%、30年以内で60%程度とされていた(地震調査研究推進本部の千島海溝沿いの地震の長期評価)。

震動予測図:政府の地震調査研究推進本部が発表している今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率分布図。2010年版と2012年版を比較すると、多くの地域で確率が上がっている。原発立地では、日本原電東海第2原発33.4%→67.5%、福島第二原発13.4%→67.5%など。また一番確率が高いのは東海原発95.0%→95.4%。県庁所在地では水戸が31.3%→62.3%、千葉が63.8%→75.7%、横浜が66.9%→71.0%、東京が19.6%→23.2%など。また一番確率が高いのは静岡の89.8%→89.7%。関東の諸施設では成田空港の27.1%→46.0%、東京スカイツリーの65.2%→73.7%、東京ディズニーランドの61.6%→70.6%などが目立つ。

 もっとも、2010年版で確率4.0%だった仙台は、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震では震度6以上の揺れになったように、2010年版では東北地方の強震動が予測できていなかったこともわかる。東大ゲラー氏の「被害地域が比較的確率の低いところで起きている。」(新潟県中越(2004年)・福岡県西方沖(2005年)・能登半島(2007年)・新潟県中越沖(2007年)・岩手・宮城内陸(2008年))という指摘を待つまでもなく、確率の低いところが安全というわけではない。「地震発生の周期が数千〜数万年と長いため、30年という短い期間で発生確率を予測するのは難しい」(調査研究推進本部)、「確率が低いというのは安心情報ではない。」(委員長本蔵(ほんくら)氏)ということで、つまり日本のここなら地震は大丈夫という地区はないということになる。

 とすると、このような確率分布を発表することにどのような意味があるのか、少なくとも3桁の確率数値にはあまり意味がないことは確かだと思う。

http://www.jishin.go.jp/main/chousa/10_yosokuchizu/index.htm http://www.jishin.go.jp/main/chousa/12_yosokuchizu/index.htm

警戒宣言東海地震は、その発生メカニズムや予想震源域・歴史的資料がある程度判明している、そこで気象庁は、現在日本で唯一、大地震予知の可能性が高いと判断している。

 気象庁が東海地方に設置している観測機器類は約490。そのうち地殻変動を測定する歪計が約50、伸縮計が約10、傾斜計が約50。その前観測データはリアルタイムで気象庁に送られている。観測データは、気象庁ものだけでなく、東京大学、名古屋大学、国土地理院、防災科学技術研究所、産業総合研究所、海上保安庁、静岡県からも送られてくる。

 こうした観測で、1カ所の歪計で異常が認められたら「観測情報」、2カ所で「注意情報」(いわゆる「灰色情報」)、3カ所以上から異常というデータが得られたら、「地震予知判定会」が緊急招集され、そこで確かに地震発生の恐れが高いと判断されたら、気象庁から内閣総理大臣に報告され、大規模地震対策特別措置法(1978年)に基づき内閣総理大臣の責任で「警戒宣言」が出される。

 「警戒宣言」が出されると、電気・ガス・水道などは原則的には供給が続けられるが、電話の規制、公的交通機関の停止、銀行・郵便局などの営業停止(ATMは動く)、学校は閉鎖して児童・生徒は保護者に引き渡すなどの措置がとられる。

 なお、マスコミには「判定会議招集」の時点で知らされる。

戻る  このページのトップへ 目次へ  home