中国がひた隠す毛沢東の真実 北海閑人 廖建龍訳 草思社
ISBN4-7942-1443-X 1,800円 2005年10月
目次
解説 なぜ中国共産党は「歴史認識」ができないのか 鳥居民
<1> 最初の悲劇 大量粛清のはじまり
<2> ユートピアの現実 延安の整風運動
<3> 親日・媚日 明日の内戦に備える
<4> 朝鮮戦争への介入 スターリン・毛沢東・金日成
<5> 秘密警察の国 密告制から特務まで
<6> 党と軍 最初に銃を持ったものが勝つ
<7> 文化人の迫害 胡風反革命集団事件の顛末
<8> 『海瑞罷官』を自在に使う 文革と権力闘争
<9> 「過去は振り返らない」 紅衛兵運動の末路
<10> 唯一の批判 一人を批判して、5億人増える
<11> 歴史の捏造 毛と湖南出身者の仲
<12> 墓を壊す 「鞭屍文化」を残す
<13> 毛沢東の私生活 飢饉のさなかにあまたの別荘
<14> 毛統治の代価 4000万人以上殺した責任は
訳者あとがき
関連年表 『争鳴』掲載号一覧
筆者は引退した元党幹部だという。未公開資料なども見ることができた立場らしい。文革でピークを迎えた血なまぐさい党内党派闘争は、すでに中国共産党初期に起きた国民党スパイ団(AB団)事件に始まるという。そして、全体の死者は4000万人を上回るという。これは日中戦争での中国発表の犠牲者の数よりも圧倒的に多い。それにしても、文革のときに生け贄になった幹部達のすさまじい殺され方。劉少奇や彭徳懐など。
毛沢東は自分を始皇帝になぞらえていたらしいが、始皇帝以上に中国民衆の心までも束縛できた。
私生活の乱脈さについては「毛沢東最後の女」(中央公論社、1999年)参照。
それにつけても、筆者である北海閑人は文革時代どう過ごしたのだろう。
2005年11月記
2005年11月には「マオ」も出版されている。
2006年2月追記