鳥島漂着物語−18世紀庶民の無人島体験− 小林郁(かおる) 成山堂書店
IABN4-425-30241-9 2,400円 平成15年(2003年)6月
目次
序 洞窟の発見
第一部 享保・元文期の漂流記
日本史上最長の無人島漂流生活
1 二形船鹿丸の遭難
2 宮本善八船の小笠原漂流と鳥島漂流民の救出
第二部
1 宝暦から天明にかけての出来事
2 土佐人長平の孤独な生活
3 備前船亀次郎の漂流
4 住吉丸の漂流
5 故国への帰還
6 後日談
あとがき
文献一覧
年表
18世紀に、遭難・漂流して鳥島にたどり着いた者たちの話。
最長の遠州の鹿丸(ニッポン人異国漂流記では筒山五兵衛船鹿丸)の壮絶なサバイバル(1720年〜1739年)。彼らを救出した宮本善八船もまた漂流船だった。鳥島にたどり着く前に、小笠原にも漂着したようだ。彼らは伝馬船で鳥島を脱出し、八丈島にたどり着く。鹿丸の12名中3人の生き残りは、生還後それなりに扱われたようだ。
1785年に遭難した土佐の松屋儀七船5人の中でただ一人生き残ったの長平は3年間火のない生活をする。1788年に大坂の備前屋亀次郎船の漂流者11名と合流する。鹿丸が残した備品も発見する。次いで1790年に日向の住吉丸6人が漂着する。彼らは協力して船を造り(鍛冶や流木拾いから始めて)、生き残った14人で島を脱出する。途中青島(ここは火山噴火で一時逃げていた島民の一部が戻っていたが凄惨な状況)経由で、八丈島にたどり着く。帰郷後の彼らの消息はあまり定かではない。
19世紀になってからの漂着者(万次郎たち)の話は出てこない。万次郎たちも含めて、みんなアホウドリの恩恵で生き延びることができた。
序にちょっと出ている、明治になってからの鳥島開拓の話もなかなかすさまじい。「玉置半右衛門」が検索時のキーワードになろう。アホウドリ受難の始まりでもあるが…。
2003年8月記