度量衡のグローバルスタンダード・SI単位系

(1) 度量衡

 “度”は長さ、“量”は体積、“衡”は質量を表わし、さらにそれぞれがそれらの単位も表わす。ある社会内においてこれらの単位が共通でないと、商取引の際には不便であるばかりではなく、誤解・争いのもととなる。だから、経済を発展させようとした古来の為政者達は度量衡の統一を図ってきた。例えば中国では、紀元前1000年以上昔の殷の時代(日本ではまだ縄文時代)からそのような試みがなされている。これを意図的に大々的に行ったのは、紀元前221年に中国を統一した秦の始皇帝であろう。はるか時代を下り、日本でも豊臣秀吉によって度量衡の統一が図られている。つまり、度量衡は政治・経済と科学の接点ともいえるのだ。

 もともと、長さの単位はヒトの体の大きさをもとにしたものが多い。foot(feet、約30cm)は足の大きさ(かかとからつま先までの長さ)、尺(約30cm)は指を広げたときの長さという具合である。“尺”の形がそれを表わしている。体積は“桝”方式が多い。石油関係でよく使われているバレル(樽の意、石油では約159L)などが代表であろう。衡は何らかの基準との比較で量る。その基準は穀物の粒が使われることが多かったようである。例えばそのものズバリのグレイン(約65mg)。だがこのような基準では、これらの基準そのものが曖昧であり、今日の世界ではもっと明確な基準(定義)が必要なことは明白であろう。



(2) SI単位系

 現在では、ヒトの体の大きさといった曖昧なものではなく、物理法則をもとにした単位の基準をもとにした単位系が考えられている。その代表が、科学の世界ではすでに世界標準の地位を獲得しているSI単位系(International System of Unit)であろう。日本では一般社会においても、計量法という法律でSI単位系に基づく単位の厳密な使用が定められている。他の単位系の単位はできるだけ避ける、やむを得ず使う場合はSI単位系に併記する形で認められているものが多い。

 SI単位系はMKS単位系(長さ=メートル、質量=キログラム、時間=秒を基本とする単位系)をもとにしている。このMKS単位系のもとをたどればメートル法に行き当たる。メートル法は、フランス革命の精神=合理的精神を体現したものといってもいいだろう。だからこうした度量衡の科学的な定義と、その普及の努力は、18世紀の終わりころからフランスを中心にして始まる。

 まず長さの基準1メートルは、北極からパリを通って赤道までの子午線の長さの 1000万分の1と定義された(1795年メートル法制定)。質量は初めはグラムを定義したが、その1000倍の質量のキログラム原器が作られて以降、これが基準となった。時間は地球の自転をもとにして決められて、1平均太陽日の24分の1(=1時間)、その60分の1(=1分)、さらにその60分の1を1秒とする。

 その後、科学の進歩によってより厳密な定義が可能になるに従い、それぞれの定義もいくつかの変遷を経て今日に至っている。基本的には初めの自然物をもとにした定義から、一時は人工物(メートル原器やキログラム原器など)に代わり、最近はまた自然物(自然現象)をもとに定義されるようになった(注1)。

 現在では、長さ(m(メートル))、質量(kg(キログラム))、時間(s(秒))に、電流(A(アンペア))、温度(K(ケルビン))、物質量(mol(モル))、光度(cd(カンデラ))を加えた7つを基本単位として、他の単位を組み立てていく。

 組み立てるということは、乗除で表わすということである(注2)。例えば面積は長さ×長さだから<m2>、密度は質量÷体積だから<kg/m3>、速度は距離÷時間だから<m/s>、さらに加速度はそれを時間で割って<m/s2>という具合である。つまり組み立てられた単位は、それぞれの単位の<次元>をも正確に表わしていることになる。科学の計算式においては、両辺の次元は必ず等しくなくてはならない。これは未知の問題を評価する上での重要な手がかりにもなる。

 SI単位系については、理科年表や(7)で紹介したサイトなどを参照。

 

(3) SI単位系の表記など

 SI単位系の便利で合理的なところは、数量はすべて10進法で表わすということである。これはわれわれにとっては当たり前かも知れない。しかしこの便利さは、例えば別の単位系であるヤード・ポンド法において、1フィート=1/3ヤード、1インチ=1/12フィートであることを考えるとわかると思う。1マイルが何フィートであるかなどは、ヤード・ポンド法の国の人でも換算は難しいだろう。

 SI単位系において大きな数、小さな数を表わすときには、10の整数乗倍ごとの接頭語も決められている。1000倍のk(キロ)、1000×1000倍(100万倍)のM(メガ)、1/100のc(センチ)、1/1000のm(ミリ)などである。この接頭語のk(キロ)は小文字、温度のK(ケルビン)は大文字であることに注意。また質量の基準だけは、歴史的な経緯により初めからk(キロ)が付いている。しかし、1kgの100万分の1は、10μkg(マイクロキログラム)ではなく、1mg(ミリグラム)と表わす。

 上で7つの基本単位で他のものを表わすと書いたが、組み立て単位であるが固有の名称を持っているものもあり、それを使う場合もある。力のニュートン(N)は組み立て単位で表わすとm・kg・s-1、仕事率・電力のワット(W)はJ/s=m・kg・s-3など。これらも理科年表や(7)で紹介したサイトなどを参照。

 ここで表記の仕方だが、単位は基本的には小文字の立体(フォント(書体=デザイン)の指定はない)で表わす。m(メートル)やg(グラム)、s(秒)などがそれである。ただし、人の名前にその起源があるときは最初の文字は大文字となる。例えば、上に書いたニュートン(N)や、圧力のパスカル(Pa)、静電容量のファラド(F)など。

 それに対して、物理定数の記号は斜体で表わす。光速 c とか、重力加速度 g とかである。ただし、日本のローカル・ルールとして重力加速度は<> というフォントで表わすことが多い。

 また、SI単位系ではないが、使用を認められている単位もある。私の地学の方では天文単位(AU)とか、パーセク(pc)という、宇宙空間を測るための距離の単位もそれである。日常的には、時間の分、時、日もそうである。また、体積のリットル(L)もそうである。なぜかこのリットル(L)の記号だけは、立体でも<>といういまでもよく見られる書体は許されていない。リットルの記号は<L>(大文字)か<l>(小文字)であるが、l(エル)は1(数字)と間違いやすいので、Lが推奨されている。

 

(4) 他の単位系は不合理か

 SI単位系以外の単位はまったくの不合理で、SI単位系を使っていない人達は非科学的な人間というのは、もちろん甚だしい誤解である。それぞれの単位系にはそれぞれの文化という背景がある。グローバル化に伴いいろいろな文化圏の人と接する場合、まずこうした異なる文化も存在しているということを理解し、それを尊重するということが大切である。

 いまではほとんどがSI単位系に準拠している日本でも、1958年までは尺貫法がメートル法と共存していた。従来工法の木造建築(畳の大きさが一つのユニット)や和服などは尺貫法の方が合理的である。1.8Lのビン(従来の1升ビン)とかでその名残りが、5合炊きの炊飯器とかではそのままでまだ使われている。

 英米でよく使われているヤード・ポンド法もそれなりの合理性、日常生活での便利さがある。つまり数値の大きさが、日常生活の感覚に合っているということである。ヤード・ポンド圏でよく使われている温度のファーレンハイト度(F=9/5℃+32)も、日常生活での温度が0F(約-18℃)〜100F(約38℃)の範囲に収まるという便利さがある。だからこそ今日でも使われているわけだ。

 大リーグの野球中継がこれだけ一般的になると、日本でも球速はmph(miles per hour)の方がなじみ深いものになるかも知れない。100(mph)を超えたら大変な速球ということがよくわかる。自動車の高速性能がさらに進歩し、高速道路の設計方針が変われば、車の速さの表示もmphにして、100mphが高速道路での最高速度という方がわかりやすくなるかも知れない。ようするに慣れの問題ということでもある。

 ただ、問題なのは異なる単位系に慣れ親しんだ人達の間の意思疎通の問題である。かつてアメリカの火星探査機(マーズクライメイトオービター、1999年)が失敗したことがあった。その原因を追及したところ、インチ系とメートル系を使用したチームが混在して、そのために片方のチームが出した数値を、別なチームが別な単位系(自分達がふだん使っている単位系)でそのまま読んだために間違えたためであることが明らかになったこともある。

 こうしたことは日本でもじつは深刻な問題で、SI単位系では圧力はPa(パスカル)で測るといっても、医療現場では従来から今日までずっとmmHg(水銀柱ミリメートル)が使われている(注3)。血圧が100とは、100mmHg(約133hPa)のことである。血圧の読み(数値)を間違えたら命の問題に直結する。「重量(力)」はN(ニュートン)といっても、工事現場などで使われるクレーンに「最大つり上げ重量 100kN」と表記があったときはどうか、100tonと誤解されないか。日本でも、あまりに強制的な、そして急な単位系の変更は、重大事故につながりかねない。だから医療現場ではいまでもmmHgが使えるし(一応2006年度までだが、多分それ以降も大丈夫)、また当たり前だが200N(20kgf、20kg重)という表記(併記)も許されている。

 体重は微妙で、体重が50kgということは、厳密には質量が50kgということであるが(それでいいのだが、下でも紹介している「国際単位系(SI)単位系は世界共通のルールです」参照)、感覚的には50kgの質量が地球の重力によって受けている力(重さ)という方が近いかも知れない。「この自動ドアは50kg以上の力で踏んでください」という表示があれば、体重が50kg以上の人が乗ればいいと直感的にわかる。「この自動ドアは500N以上の力で踏んでください」では、体重50kg以上の人もとまどい、おもっきりジャンプするかも知れない。



(5) 何が本質か

 商業に代表される経済活動がグローバル化しているばかりか、科学技術・工業もグローバル化している。ある国で作った部品を、別な国で組み立てるなどということも、今後ますます増えるだろう。このときにいちいち異なる単位系の換算を行っては非能率なばかりか、重大な事故にもつながる。だから、度量衡のグローバルスタンダード(世界標準)は絶対に必要であろう。そして上に書いたように、すでに英米も含めた科学の世界では、SI単位系がスタンダード(標準)として受け入れられている。科学論文での単位は、SI単位系でなくてはそもそも受け付けられない時代になっている。

 私の立場は単純で、とくに矛盾がなければ世界標準であるSI単位系に従った方がいいだろうというものである。

 だがしかし上に書いたように、他の単位系も使われている以上、それにも意味と意義があり、これらも尊重したい。もし、SI単位系にそれらに対する優位性があるとすれば、時間、電磁気などもすべてを包括した単位系であること(例えばヤード・ポンド法には時間、電磁気がない)、そして他の単位は基本的な7つの単位を組み立てて(乗除で)得られること、さらに数値がすべて10進法で統一されていることであろう。とくに単位が乗除で組み立てられることは、つまりはそのまま“次元”を表わしているわけで、じつはこれが科学の立場からみた単位の本質なのである。

 逆にいえば、このような単位系であればSI単位系にこだわる必然性もない。第一、SI単位系のもととなるMKS単位系は、実験室程度の空間スケール(m)、身近な質量スケール(kg)、一人の人間が関われる時間スケール(s)がもとになっている。私の地学では、すべてにおいて基準となる数値が小さすぎて、とくに使いやすい数値体系ではない。上に書いたように距離では天文単位(AU)とか、パーセク(pc)、さらにはSI単位系では許されていないが光年(ly)などをよく使う。質量は太陽を基準にすることも多い。

 立場が違う航空・航海での距離は海里(1852m、地球上の大円の中心角1分(1′)に対する弧の長さ)が便利なのであろう。それぞれが扱う空間・時間スケールでは、必ずしもSI単位系が直感的にわかりやすい単位系であるということではない。

 SI単位系の単位そのものは、ある意味ではもともとは科学界の“符丁”、“業界用語”という側面がある。科学のために世の中があるわけでないので、それぞれの社会ではそれぞれの単位の方が使いやすい場合があることはいうまでもない。言語における標準語と方言の関係、グローバルには共通によく使われる英語と各国語の関係といえばいいのだろうか。標準語・共通語があれば便利だが、それだけではカバーできない面もある。



(6) 細かいことをいうと

 上に書いたように、SI単位系のもとでは単位の表記も定められている。よく道路などで見られる距離の表示<KM>は、本当は<km>である。これはまだしかたないと許容するとしても、国立科学博物館で質量の表示に<Kg>とあったのにはちょっとがっかりした。もちろん本当は<kg>である。

 体積(容積)も<cc>を使うのではなく、なるべく<m3>を使う。あるいはせめてリットル<L>(<l>)にする。これも上に書いたように<>はまずい。フランス・ワインのボトルの表示を見たら、容積の単位で<cl>(センチリットル)を使っているものがあり、さすがにメートル法元祖の国と感心したこともある。

 私が個人的に困っているのは密度の単位で、例えば玄武岩の密度は3.0g/cm3(3.0×103kg/m3)などと併記している。( )内が原則であろうが、g/cm3 の方が直感的にわかりやすい気がする。理科年表もそうしている(惑星表はg/cm3のみ)。

 車関係を見てみると、エンジンの馬力(ps)は使われない方向で、kW表示が増えてきたようであるが、エンジンの回転数はまだrpm(round per minute)が多く、Hz(ヘルツ)は少ないようである。

 もちろん、日常生活のすべてにおいて、いつでもどこでもSI単位系に準拠しなくてはならない、しかもそれらを正確に使わなくてはならないといっているわけではない。新聞に「西武ライオンズの松坂投手は160キロを目指している」という見出しがあったとしても、まさか体重で160kgを目指しているわけはないから、球速で160km/hを目指しているのだとすぐに理解できる。つまり、誤解されるような表現でなければいいと思う。背景にきちんとした単位系があることを理解して、ときと場合に応じてそれらを適切に使うことができればいい。

 

<付記> 現在のところSI単位系には直接の規程はないが、小数点を<,>(カンマ)<.>(ピリオド)のどちらにするかの議論もある。日本は英米流で小数点には<.>派で、<,>は位取りに使っているが、仏独など多くの国では小数点は<,>で、<.>は位取り(位取りのため空白を使う場合もある)である。2003年10月にパリで開かれた国際度量衡会議でこの問題が検討された。

 17日の1国1票の投票の結果、「小数点は<,>か<.>のどちらかである」とすることで(つまりどちらでもよいということで)、当面の決着がついた。もっとも、すでに国際標準規格機関である国際標準化機構(ISO)と国際電気標準会議(IEC)が2001年に出した「専門業務用指針」では、「ISOやIECの規格では、記述言語によらず、小数点にカンマを使う」と定めている。こうした流れに、英米派が待ったをかけた(現状維持)といえる。

 SIは将来的には「金額」「割合」などの表示にもルールを広げそうなので(学術論文は英語が「標準語」なので、こちらは英米派の力が強い)、そのときにまた問題になるかも知れない。



(7) 参考となるサイト

 SI単位系を理解して使うためには、独立行政法人産業技術総合研究所(旧工業技術院など)の計量標準総合センターが発行している、「国際単位系(SI)は世界共通のルールです」というパンフレット(pdfファイル)がいい。印刷して手元に置いておくと便利だと思う。
http://www.aist.go.jp/aist_j/topics/to2002/to20020909/to20020909.html

※ 天文単位は、このパンフレットでは<ua>という記号になっているが、理科年表ででは<AU>(Astronormical Unit)であるので、私はこちらを使っている。

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(注1) 長さや時間などは科学的な手法で再現できるように定義されている。例えば1mは光が真空中で1/299792458sの間に進む距離、1秒は132Csの振動の9192631770回の時間など。しかし、質量だけはいまなお<kg原器>という人工物が基準になっている。

(注2) 例外はセルシウス度(℃)で、℃=273.15+Kという単純な換算。

(注3) 地学(気象)では変則的なhPa(ヘクトパスカル、100×Pa)を使っている。この気圧と、面積のha(ヘクタール)以外、100倍を表わすh(ヘクト)という接頭語はあまり使われていないと思う。ちなみに<a>(アール、100m2)という面積の単位は、SI単位系では「暫定的に用いられる単位」となっている。

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