1 人口と食料

 2010年の地球の人口は約70億人、しかもまだどんどん増え続けている。問題は、こうした人口を、この有限な地球が養っていけるかである。   

1・2 食糧

(1) 地球の定員

 1・1の(1)で述べたように、われわれヒトの生存のエネルギーも、もとをたどれば太陽エネルギーということになる。つまり、地表に降り注ぐ太陽エネルギーを、われわれが栽培している穀物がどの程度固定できるかで、基本的な地球の定員が決まる。

a 地表に降り注ぐ太陽エネルギー=170J/m2・秒 →1.5×107J/m2・日   (1cal=4.2J)

b 耕地の面積は地球の表面積(5.1×1014m2)の3.0%=1.5×1013m2

c 穀物の光合成の効率=0.1%

d 一人が1日に必要とするエネルギー=9.2×106J/人・日(2200kcal/人・日、1cal=4.2J)

つまり、地球の定員=(a×b×c)÷d = 2.4×1010(人) (240億人) 

ということになる。1・1の(1)で書いたように、現在の人口増加率のままでは、西暦2130年で人口は260億人になってしまうのだから、およそ100年後には人口が地球の定員に達してしまうことになる。

 もう少し、この数字を吟味しよう。

 まず、aのもととなる数値は、大気圏外で太陽に垂直な1m2の面が、1秒間に受ける太陽エネルギー(太陽定数という)である。太陽定数の値は1.37×103J/m2・秒である。地球の半径をrとすると、太陽に垂直な断面積はπr2、地球の表面積は4πr2なので、全地球表面にそれを平均化すると、地表が受け取る太陽エネルギーは太陽定数の1/4になる。さらに雲などで太陽入射の1/2が反射されてそのまま宇宙に出ていくので、実際に地表に届くのは太陽定数の1/8(つまり1.5×107J/m2・日)になる。これはヒト(人類)の力ではいかんともしがたい数値である。


図1-8 地球の表面積と断面積

※ 宇宙−地球(大気−地表)の熱収支は、例えば「地球環境論」(岩波地球惑星科学講座3、1996年)参照。これによると地表での吸収率は47%。

 bの耕地面積について考える。地球表面積の約30%が陸地であるが、その中には寒すぎる、乾燥しすぎている、荒れ地であるなどでそもそも耕地にはならない場所も多い。だいたいすでに、地球上で耕地化しやすいところは耕地にしてしまっている。熱帯雨林を伐採して耕地にすれば、また別な問題が生じる(2・3参照)。それどころか、現在は土地の砂漠化、あるいは塩害、土壌流失などにより、耕地面積は拡大どころか縮小の可能性もある。たしかに人口の増加のため、一人当たりの耕地面積は1960年代をピークに減ってきている。FAO(国連食糧農業機関)の調査では、全陸地に占める割合は砂漠と南極33%、森林31%、牧草・放牧地25%、耕地11%(つまり地球表面の約3%)となっている。


図1-12 農林水産省農林水産業(「食料の未来を描く戦略会議」資料集(平成20年5月)):http://www.maff.go.jp/j/study/syoku_mirai/
耕地面積は増えていないため、1人当たりの収穫面積は大きく減っている。それを単位面積あたりの収穫量の増加で補っていることがわかる。

 cの穀物の光合成の効率は、すなわち農業技術の問題である。ここで使った光合成の効率0.1%は近代農業、すなわち先進国の農業技術の、それもかなり高めの数値である。発展途上国ではこの値はその1/4程度と思われる。では、発展途上国の農業技術を先進国なみに押し上げることは簡単かというと、もちろん否である。農業は工業と違い、投入エネルギー(具体的には、高収量品種の開発、化学肥料・農薬の使用、機械力の投入など)を2倍にしたところで、生産が2倍になるわけではない。生産を2倍にするためには、投入エネルギーを10倍程度にしないといけない。つまりこれはエネルギー問題でもある。すでに先進国においていは、農業に投入しているエネルギーは、生産された農作物のエネルギーより大きくなっており、アメリカでは10倍以上になっていて、日本でも1950年代後半に逆転が起こり、現在は3倍以上になっていると推定される。

※ 2010年(平成21年)の日本の水稲の収穫量は、農林水産省の統計によると0.530kg/m2である(http://www.maff.go.jp/j/press/tokei/seiryu/090703.html)。米(でんぷん)の栄養(エネルギー)を1.7×107J/kg(1gで4kcal)とすると、米となったエネルギーは9.0×106J/m2。1年間に受け取る太陽エネルギー=1.5×107J/m2・日×365日=5.5×109J/m2だから     

   光合成の効率= (9.0.×106J/m2)÷(5.5×109J/m2)×100 = 0.16(%)

 世界の最高水準といわれている日本の水稲栽培でもこの程度である(しかも実際には精米している)。例えば資料(http://www.maff.go.jp/tokei.html)によれば、日本でも陸稲の収穫量は0.246kg/m2で光合成の効率0.076%でしかない。また、小麦収穫量は0.383kg/m2(光合成の効率0.12%)になっている。光合成の効率0.1%という値は、先進国のそれとしては妥当な数字だろう。

 dのヒトの必要エネルギー値は、直接食糧として食べるものの値である。ヒトは穀物だけでは生きられない。つまり穀物の一部をエサとして家畜に与え、あるいは耕地にできるところを牧草地・牧場として使い、それによって動物性タンパク質(必須アミノ酸)を確保しなくてならない。これは実質的には、dの数値をもっと大きな数値にしなくてはならないことを意味する。

 こうしたことを考えると、地球の定員の240億人はかなり甘い数字ともいえる。しかし実際にすでに70億人の人口を支えている(飢えた人たちがいることは事実だが、飽食の人もいる)。地球の定員はこの間にあるのだろう。90億人分の食糧は生産できているという話もある。でも、このままでは地球が定員に達してしまう恐れがあることも事実である。

 ちなみに食糧輸入が止まり、完全な自給自足になってしまった日本の定員は、前記のbの数値を日本のものにすればよい。日本の耕地面積は農林水産省統計(平成20年http://www.maff.go.jp/j/tokei/sokuhou/kouti2008/index.html)によると、462万8000ha(4.6×1010m2、日本の面積3.8×1011m2の約12%が耕地ということになる)である。計算してみよう。

 地球の定員については、上に述べてきた考え方以外の考えを元にした計算例もある。例えば、「人口論」(ジョエル・E・コーエン、農文協、1998年3月、6,800円、ISBN4-540-97056-9)にはさまざまな推定例が列挙されいてる。1990年以降だけに限っても10例が挙げられていて、最低の28億人から最大の440億人までの幅がある。その一つに、人口と環境問題を専門とするポール&アン.エーアリックの「55億人よりもずっと低い」(1993年)がある。彼らの考えは100億〜200億人の人口をかかえるのは一時的には可能かもしれないが、持続可能な人口は今日の人口(当時の世界人口は55億人)よりもずっと低いだろうというものである。エーアリック夫妻は1971年には「この人口(当時の世界人口は36億人)は、地球が長期にわたって持続的に養い得る人口の3倍から7倍である」ともいっていた。つまり地球の定員は5億〜12億人といっていた。

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