金峰山

 2003年7月3日、まだ梅雨は明けていませんが、つかの間の晴れの予想だったので、奥秩父の名峰・金峰山(2,595m)に行ってきました。本当は1泊してのんびり思っていたのですが、3日の夜から天気が崩れそうなので、日帰りにしました。

 朝5時に自宅を出発、中央道の勝沼インターを降り、塩山から塩平、焼山林道から峰越林道川上・牧丘線で、大弛峠を目指します。かつての峰越林道は厳しいダートコースだったのですが、もうほとんど舗装、それも1.5〜2車線の道路になっていました。あと未舗装はほんの一部、それも工事しているのでもうすぐ全面舗装の道路になりそうです。ただ、この工事のため、8時半〜12時、1時〜5時半は通行止めになっていました。

 大弛峠に着いたのは、7時半ころ。ここには駐車場やトイレがあります。ちょっと国師側に登ると立派な小屋(大弛小屋)もあります。このの天幕場(たぶんトイレも)はこの小屋が管理しています。

 駐車場脇から金峰山を目指します。初めから原生林の中の急登。でも傾斜はすぐに緩くなり、あろうことか下ったりもします。朝日峠の通過が8時ころ、途中で中高年4人組を抜かしました。朝日岳は8時半ころ。ガスに覆われて展望がありません。ちょっとだけ休んで、金峰山を目指します。

 9時15分ころ森林限界を出ました。振り返ると国師岳が見えます。頂上近くは巨石累々という道になります。9時半ころ金峰山の頂上に着いてしまいました。頂上は二つあり、一方はふつうの頂上、もう一方がふもとからも目立つオリベスク(尖塔)です。五丈岩という名前が付いています。

 ここには、二人組が先に着いていました。おにぎりを食べながら、雲が切れるのを待ちます。ときどき、富士山や南アルプス、八ヶ岳などが頭だけを出します。記念写真を撮ったり、山の写真を撮ったりします。

 帰りの林道が通過できるのは12時〜1時なので、10時過ぎに頂上を出ました。帰りは何組かの登山者とすれ違いました。でも、帰りはどうするのだろう。

 11時ころ朝日岳に戻りました。朝日岳の頂上直下でガスが切れ、金峰山とそのシンボル五丈岩が見えました。こちら側からの苦しい登りだった朝日岳も素通りします。そういえば、大分前に大弛峠から朝日岳のピストンをしたとき、共産党の不破哲三(上田健次郎)氏が、屈強なボディガード数名を従えて登ってきたのにすれ違ったことがありました。

 朝日峠が11時25分ころ、大弛峠に戻ったのは11時50分ころでした。ちょっと休んだり、大弛小屋付近を探検したりしました。

 帰りは峰越林道から杣口林道に入りました。確か昔は軽便鉄道の軌道を利用した本当の林道でしたが、琴川ダムができるということで、すごく整備されていました。この杣口林道から乙女高原を通る荒川林道、さらには木賊林道などを経て、清里に抜ける林道を「クリスタルライン」と称しているようです。

 この付近の案内の案内図、クリスタルラインの案内図

 夜は確かにかなり激しい雨になりました。早めに引き上げて正解でした。

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登山道入り口近く。 森林限界を出たあたりから、国師岳方面を見ます。 金峰山頂上の五丈岩。人がいるので、スケールがわかります。 黒平(増富鉱泉)からの登山道(稜線)と八ヶ岳。 雲の上に南アルプスの主峰が頭を出しています。
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記念写真。 臼田方面。白く輝くのはなんだろう。 富士山がちょっと頭を出しました。 朝日岳近くから、金峰山を振り返ります。 無事、登山道入り口に戻りました。

2003年7月記

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