感覚史入門 なぜプラスチックに「清潔」を感じるのか 久野愛 平凡社新書 ISBN978-4-582-80696-2 1,100円+税 2025年12月
感覚は社会的にまた歴史的に作られる側面が大きいと主張する。とくにそれは、資本主義成立以降(産業革命以降)、“体験”(旅行、テーマパークなど)すらもが資本によって作られていくようになったと説く。
ただ、副表題の「なぜプラスチックに『清潔』を感じるのか」については、あまり深く解説されていない。p.105〜107あたりがそれに該当するのだろうが。ここで取り上げられた“タッパーウェア”、1963年に日本に入って来たそうだ。だから記憶にある。当時は高級品というイメージだった。
そのころはまだ“真似っ子日本”だったので、国産の類似商品も多く出たが品質的には劣っていた(機密性・耐久性など)。 その後の経済成長により日本製でも品質が劣らない製品もできたきた。そして少し高価なものも変えるようになった経済成長もあったし。
2010年にベトナムに旅行したとき、まだベトナムは貧しく、日本は憧れの国だった。バイクの代名詞は”HONDA”、中国製の安いが性能・耐久性に劣るものではなく、日本製のバイクを持つことがステータスだった。今はどうなのだろう。
現在の中国(やそれに続く国々)を”日本の真似っ子”と揶揄する人もいるが、かつての日本が真似っ子だったという歴史(それほど古い昔ではない、戦前から戦後の一時期までは欧米での日本の製品は「安かろう悪かろう」という評価、まずは真似をして技術を上げてきた)、その歴史を中国などもなぞっているに過ぎない。ただ同じことをやっていれば、現在の日本のように凋落していくだろう。中国にはすでにその兆しが?
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2026年2月