知能とはなにか ヒトとAIのあいだ 田口善弘 講談社現代新書 ISBN978-4-06-538467-1 920円+税 2025年1月
筆者は知能とはなにかは、「生命とはなにか」と同じように、(現在ではまだ)定義できていないとし、さらにAIの“知能”はヒトの”知能”とは違っていて、そういう意味ではAIは(まだ)“知能”を持っていないという。でもこれ、逆に考えると、もしかすると様々な”知能”があり、ヒトの“知能”とは別の“知能”を、AIが持つかもしれないということだと思った。つまり筆者のいうところの現実世界シミュレートにもいろいろあるかもしれない、どれが正しいとはいえないしれないということ。
ヒトの特徴は数少ない体験から一般化できる(幼児がイヌをイヌとして認識する)ことで、AIはまだ膨大な学習をさせないと、イヌをイヌとして認識できないとしている。でも、これも技術的にできるかもしれないということだ。
AIのアイディは古くからあり、それがチャットGPTのように現実のものとなったのは、技術的な革新、つまり大容量記憶装置、高速演算装置が使えるようになったためで、驚くに当たらないともしている。専門家(もっとも筆者の専門はAIではない)の目から見れば確かにそうなのだろうが、素人から見るとちょっと違うと思う。つまりインターネットの技術だって1960年代にはすでにあったが、1995年のウィンドウズ95でブラウザ(IE)が標準搭載されたため、一般人でもインターネットをふつうにに使えるようになったことが、社会的な意味を考えた上で大きいと思う。それと同じでチャットGPTなどが、素人でも使えるAIとして登場した意味は大きいと思う。
最後にAIは人類の脅威になるかという問題に対しては、楽観的な見解、ただ、これも今の段階ではというもので、現実的には「悪用されない」という前提付き。後者は実際には過去の歴史から「悪用されない」という保証はできないと思う。また、この筆者はAIの将来について「……かもしれない」という評価、つまりまだ将来の評価は断定できないという当たり前の立場。
筆者はまた、AIによってホワイトカラー労働者のみならず、ブルーカラー労働者の存在基盤の危機もいっている。すでに、AIは多くの労働者の平均を超えているのではないかとも思える。これを否定したい人は多いだろうが、現実を見ることが必要。
ヒトとの比較をいろいろ述べてきた筆者だが、最後に「(指示された)言葉通りにすることだけが真意を汲んで行動することはでないことを一番よく知っているのは我々人類ではなく、じつはチャットGPTの方かもしれない。」と、すでに(ある意味では、一部では)、すでにAIがヒトを超えているかもしれないといっている。
目次
はじめに
第0章 生成AI狂騒、
第1章 過去の知能研究
第2章 新装学習から生成AIへ
第3章 脳の機能としての「知能」
第4章 ニューロンの集合体としての脳
第5章 世界のシミュレーターとしての生成Ai
第6章 なぜ人間の脳は少ないサンプルで学習できるのか?
第7章 古典力学はまがい物?
第8章 知能研究の今後
第9章 非線形非平衡多自由度系と生成AI
第10章 余談:ロボットとAIあとがき
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2025年3月記