象徴天皇の実像 原武史 岩波新書 ISBN978-4-00-432038-8 960円 2024年10月
戦後の昭和天皇は、マスコミなどでは平和を愛する好々爺というイメージで伝えられていたが、それは違うという印象を持っていた。この本で、自分のイメージは間違っていなかったことが確認できた。もちろん「昭和天皇拝謁紀−初代宮内庁長官田島道治の記録」(岩波書店)を自分できちんと読めばいいのだろうが、歴史家ではない自分には荷が重い。こうした解説本はありがたい。
とくにこの本で新たに知ったことの一つは、天皇家内部、親子間、兄弟間の確執が結構すごかったということ。昭和天皇は恐妻家ならぬ恐母家だったとか(貞明皇后(皇太后節子(さだこ))は昭和天皇以上の好戦派)、またとくに弟の一人に対しては警戒というかライバルというか不信感というか(貞明皇后の弟贔屓もある)、そういう思いを持っていたとか。さらに、その弟の件と少し関係するが、二・二六を引き起こした将校たちへの嫌悪感(→靖国神社に対する反発)なども。まあ、天皇も人間だから、こうした家族間の確執があっても当然。
もう一つ、平成天皇后(現上皇后)が一時精神状態が悪かった時期があったことを知った。現皇后も精神状態が悪い時期が長かったが、たぶん原因は同じだと思う。当時(1960年代)の宮中には“魔女”と呼ばれた今城誼子(いまきよしこ)女官がいて、女性に対する仕来りにものすごくうるさかったらしい。その内容はこの本に書いてある。つまり、皇后は「男の子」を産むのが“公務”というあり得ない存在、またそれと関連して女性に限った様々なタブーもあり、人権とか個人の尊厳とかプライバシーとかが全くない存在。これでは“民間”から来た“ふつうの人”には耐えられないだろうと思われる。
あと、この本には昭和天皇の歴史観・天皇家観(万世一系、宗教)、社会観(象徴天皇についての理解、共産党・共産主義に対する恐怖心)なども書いてある。
筆者は自分のX(旧ツイッター)では、専門を“鉄学”としているほどの鉄道マニア。鉄道に関する著作も多い。“鉄”としてはとくにダイヤに詳しく、それが専門の政治史と結びついている(誰が誰と会うためにどの列車に乗ったとか、この本でもちらっと出てくる)。
あと、ずっと団地住まいで、とくに幼少期を過ごした滝山団地には愛着があるようだ。滝山団地をロケ地としたNHKのTVドラマ「団地の二人」(原作藤野千夜)を見ていて、「滝山団地を世界遺産に!」という主人公の台詞に共感している。
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目次
序 章 『昭和天皇拝謁記』とは何か
あらわになった昭和天皇の肉声
「拝謁記」が書かれた時期
『拝謁記』の読みどころ
本書の構成
第1章 天皇観
退位もあり得ると考えていた
退位しないと再び立場を変える
「おことば」での決意表明
過剰な警備に対する批判
巡幸と一般参賀
天皇の象徴観
教育勅語はあったほうがよい
第2章 政治・軍事観
天皇の民主主義観
政党政治に対する不信感
保守政党の大同団結を提言
社会党右派への期待
議席ゼロになっても安心できない共産党
後期水戸学のキリスト教認識との類似点
朝鮮人学校はつぶした方がいい
再軍備は絶対に必要
第3章 戦前・戦中観
時勢には逆らえない
張作霖爆殺事件と満州事変
二・二六事件の忌まわしい記憶
日中戦争と太平洋戦争
米軍は空襲の標的を定めていた
条約の信義を重んじたから戦争終結が遅れた
ソ連参戦が戦争を終わらせた
第4章 国土観
どこまでが日本の範囲か
北海道に対する認識
九州に対する認識
沖縄に対する認識
内灘や浅間山を米軍に提供すべき
第5章 外国観
米国の評価すべき点
米国の批判すべき点
天皇の英国観
天皇のソ連観
天皇の中国観
天皇の朝鮮半島観
第6章 人物観1――皇太后節子
意見が違う
「虫の居所」によって違ったことを言う
時流におもね、話し上手を好む
皇太后が見た天皇
怖くて宮中服の廃止を言えない
蚕糸業視察はやめてほしい
大正天皇との仲が悪かった
皇太后の遺書の謎1――「家宝」とは何か
皇太后の遺書の謎2――秩父宮への言及と一〇月二二日という日付
ケガレに厳格
第7章 人物観2――他の皇族や天皇
皇后をどう見ていたか
皇太子明仁に対する不安
秩父宮に対しては同情的
戦後も終わらない高松宮との対立
三笠宮は我がままに育った
正仁親王がキリスト教の信仰をもってもよい
少ない明治天皇と大正天皇への言及
第8章 人物観3――政治家・学者など
マッカーサーとの会見
吉田茂に対する相反する感情
鳩山一郎と岸信介に対する批判
近衛文麿よりも東条英機を評価
南原繁・清水幾太郎・平泉澄への否定的な評価
第9章 神道・宗教観
皇大神宮のアマテラスによる「神罰」
「祖宗と万姓に愧ぢる」
宮中祭祀は宗教でないが宗教性はある
明治神宮と靖国神社
キリスト教への改宗の可能性
「御寺では礼拝はせぬ」
第10章 空間認識
皇居は移転せず、御文庫をそのまま使う
皇居前広場を活用すべき
赤坂御用地と新宿御苑
那須御用邸・沼津御用邸・葉山御用邸
軽井沢と箱根
東京大学・京都大学・結核療養所
お召列車という空間
終 章 『拝謁記』から浮かび上がる天皇と宮中
天皇は何を信じていたのか
イデオロギーとしての「反共」
関連資料から浮かび上がる一九六〇年代の宮中
昭和天皇が残した「負の遺産」
あとがき
2024年11月記