未完の天才 南方熊楠 志村真幸 講談社現代新書 ISBN-978-4-06-532636-7 940円 2023年6月
全体像を掴みにくい南方熊楠を、一次資料をもとに客観的にとらえようとする。
その抜群の記憶力は、伝説のように読んだだけで覚えたのではなく、書き写すことによって覚えたものだと、資料をもとに明らかにする。日本とアメリカでの挫折、イギリスに渡ってからの覚醒、日本に戻ってからの活動など。
イギリス滞在時、大英博物館に出入りし、その関係で「ネイチャー」に論考を載せるようになるが、その内容は自然科学的なものではなく、民俗学的なもの。「ネイチャー」が自然科学に軸足を置くようになると、「N&Q]という、読者や編集者が出した疑問を、読者が回答するという熊楠に合っている雑誌の常連投稿者になる。
※ かつて平凡社が「QA」(1984年〜1993年)という、上の「N$Q]のような雑誌を出していた。平凡社は「熊楠全集」や、「十二支考」(東洋文庫)を出していて、何か因縁みたいなものを感じる。
とりわけ現在評価されているのが「エコロジー的」自然保護運動(神社保護運動)。
つまり神社のシンボル的なものを守る運動ではなく、編み目のように絡み合った全体を守る運動。だが、これも挫折。
ただ、彼の民俗学的論考は文献主義的なものが多く(フィールドワークなし)、膨大な知識の中から必要な情報を取り出して組み立てるというところに特徴がある。だがしかし、これならインターネット上で検索、さらにはAIに訊いてみることが出来る時代になったので、どうなのだろう、彼のような存在は、現在あまり重用されないのではないか。
自然科学者としてはやはり中途半端、きちんとした論文が少ないことが、自然科学の学者としては致命的だと思う。
やはり全体には、表題通りすべてにおいて「未完の天才」だったのだろう。それが魅力でもあるが。
目次
はじめに
第1章 記憶力 −百科事典を記憶する
第2章 退学と留学 −独学の始まり
第3章 ロンドンでの「転身」 −大博物学者への道
第4章 語学の天才と、その学習方法
第5章 神社合祀反対運動と「エコロジーの先駆者」
第6章 田辺抜書の世界 −人類史上もっとも文字を書いた男
第7章 英文論考と熊楠のプライド −佐藤彦次郎というライバル
第8章 妖怪研究 −リアリスト熊楠とロマンチスト柳田国男
第9章 変形菌(粘菌)とキノコ −新種を発見する方法
終章 熊楠の夢の終わり −仕事の完成と引退とは何か
主要参考文献
おわりに
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2024年8月記