台湾の少年(3) 游珮芸・周見信作 倉本知明訳 岩波書店 ISBN978-4-00-061547-1 2,400円 2022年10月
台湾の著名文化人(日本の漫画に詳しい)蔡焜霖(さい・こんりん)の伝記漫画、全4巻のうちの3巻目。一党独裁(→個人独裁)の大陸中国(北京政府)と対照的な自由の国というイメージの台湾だが、1949年から1987年の38年間もの間戒厳令が敷かれていた。つまり、当時は台湾にも“自由”はなかったことになる。この戒厳令下の台湾で、スパイの疑いをかけられ(もちろん冤罪)有罪判決、収容所島・緑島での10年の刑期を終えて、家に戻ったのが1960年。この間に父は自殺していたし、“前科者”ということで就職活動もなかなかうまくいかない。
でも、ひょんなことから語学能力、とくに日本語能力を買われて出版界に身を投じることに。しかも幼稚園時代の初恋の相手“きみこ(清水・喜美子、楊璧如(よう・へきじょ))とも再会・結婚することになる。未だ続く官憲からの嫌がらせにもかかわらず、出版(おもに子供向け雑誌)での成功、事業拡大と順風満帆。だが、会社ぐるみで応援していた地方の少年野球チームの不正発覚、さらには急拡大しすぎた事業での資金繰りの悪化、そして運悪く台風により工場と本を流され、ついに破産。緑島を出て10年(1969年)、焜霖は再び無一文(1台のベッドとクローゼット)の生活になってしまったのでした。ただ、今度は妻も子もいる。次回最終巻でどのような展開になるのか。
台湾の少年(4) 游珮芸・周見信作 倉本知明訳 岩波書店 ISBN978-4-00-061548-8 2,400円 2023年1月
台湾の著名な文化人・経済人の蔡焜霖(さい・こんりん)の伝記漫画全4巻の最終巻。1970年(40歳)から今日までの内容。
1987年戒厳令解除(一部の島では残る)、1989年中国の天安門事件、1992年白色テロの法的根拠になっていた「中華民国刑法」修正、1996年李登輝初の民選総統に選出、同年蔡焜霖は副社長だった国華広告会社社員全員にパソコン支給という時代の流れ。台湾が「民主化」されてから、また経済的な飛躍をとげようとしてから、まだ四半世紀ほどしか経っていないという歴史をまず確認する必要がある。
国民党独裁政治時代(白色テロ横行時)には、台湾には共産党政権下の中国に憧れを持っていた人も多かったようだ。でも、この天安門事件、さらには1996年総統選挙時の中国の威嚇(台湾海峡での大規模軍事演習)は、台湾の人々の目を覚ますことになってしまった。
第3巻終わりでは、順風満帆に見えた出版事業の破産により、多額の負債を抱え、さらには不渡り手形発行により刑法犯にまでなるというどん底の生活。
その後が今回の本。日本語の能力と経営の才能を見込まれて、大会社国奉グループの保険会社に就職、さらには広告会社、また出版会社と順調に活動範囲を広げていく。
※ 1973年ころには、禁書だった史明の「台湾人四百年史」(台湾独立論)を読んでいる。
だが一方、家庭内では子供たちには過去に政治犯で、10年間も緑島(現在はリゾート地)に収容されていたたことを話せない状態は続く。10年間は日本に留学していたことにしていたらしい。あまりに長い「恋愛期間」は子供たちにも怪しまれるほど。子供たちには聞かれたくない話は、夫婦間では日本語で行う。政治犯有罪判決の取り消しは2018年(88歳)になってからだった。
1999年(69歳)ころから、みずからの白色テロ事件を話し始め、人権運動に参加するようになる。また、2014年(84歳)で大学生の「ひまわり学生運動」、2015年(85歳)の高校生の「学習指導要領ブラックボックス反対運動」では、現場で学生たちを支援。己たちも若いころは学生運動やっていたはずなのに、天安門では学生たちを武力弾圧した、権力を握っていたいと、老醜ぶりを発揮した当時の中国共産党幹部とは大違い。
日本統治時代に少年時代を送り(日本語に堪能になる)、経営は日本に学び(当時の日本は出版・広告・IT先進国)、また、感傷的になったときはいまでも日本語の歌(千の風になって)を歌う。
台湾のいまは、かつて彼が手本とした日本以上のIT国になり、経済的にもシャープを買収する企業があったり、1人あたりGDPではもうすぐ日本を抜く勢い。だが、力を背景につねに圧力を掛けてくる中国(北京政府)、もしかすると本当に武力侵攻しかねない中国がある限り、台湾の今後にはつねに暗い雲が覆い被さっていることになる。
台湾の少年1・2はこちら
2023年2月記