検証 ナチスは「良いこと」もしたのか 小野寺拓也・田野大輔 岩波ブックレット ISBN978-4100-271080-8 820円 2023年7月5日(2023年8月25日第4刷)
歴史的過去の断片を、その経緯やそのときの社会状況全体から切り離して、それだけを評価しても意味がないことは明か。この本ではそれを具体的に、ナチスがなした「良いこと」としてあげられる、経済回復、労働者の味方だった、家族支援(少子化対策)、環境政策、健康増進について検討している。
全体として、(優秀なアーリア民族の)「民族共同体」を守るべく、それに属さないと見なされるユダヤ人(や他民族)ばかりか、アーリア人であっても健康体でなければ徹底排除がセットになった価値観、それを貫徹するための政策だったということになる。さらに、それらヒトラー(ナチス)のオリジナルではなく、既にお手本もあったことも明らかにする。
この本を読んですぐに思い浮かぶのは「旧日本軍だって『良いこと』をした」「旧満州帝国だって『良いこと』をした」「戦前の政府だって『良いこと』をした」という意見。実質日本が作った豊満ダムや水豊ダムはその後の中国(北京政府)や北朝鮮の発展に役だったとか、東南アジアでは欧米諸国の植民地だったのを解放したとか、戦後の台湾では「犬が去って豚が来た」といわれたとか(“犬”だって否定的表現)。みんな断片・表面しか見ていない評価。そうした意見の背後には、「日本民族は優秀、悪いことをするはずがない」という思い上がりがあり、過去の負の歴史を正面から見たくないという姿勢が透けて見える。
そもそも生物学的な実体がない、社会科学的にも曖昧な「民族」という概念を振りかざす人たちには、初めから不信感を持ってしまう。
目次
はじめに
第一章 ナチズムとは?
第二章 ヒトラーはいかにして権力を握ったのか?
第三章 ドイツ人は熱狂的にナチ体制を支持していたのか?
第四章 経済回復はナチスのおかげ?
第五章 ナチスは労働者の味方だったのか?
第六章 手厚い家族支援?
第七章 先進的な環境保護政策?
第八章 健康帝国ナチス?
おわりに
2023年9月記