関東大震災と流言

関東大震災と流言 前田恭二編著 岩波ブックレット ISBN978-4-00-271083-9 760円+税 2023年8月

 厭世的画家(マルチ作家)の水島爾保布(におう)が、実際に体験し、意見を書き残した関東大震災の様子をまとめて書き、出版を試みたが発禁となった驚き本の中身を紹介する。

 どうも検閲に使った原本が、希有な経緯で国立国会図書館に残っていたらしい。検閲に使われたので、検閲官が引いた赤線、つまりどこが彼らの意識に引っかかったのかがわかる。

 地震発生時、たまたま帝国ホテルにいた筆者はようやくの思いで自宅のある根岸まで逃げ帰る。その途中、あるいは自宅で見聞きしたことを書き残している。厭世人らしい斜め目線で。

 根岸にも火が迫り必死の自衛、破壊消火(防火帯設置)とバケツリレーにも参加する。幸い根岸は延焼を免れる。登山が趣味だった水島のピッケルが活躍する。

 そして、いろいろ流れ飛ぶ流言、まず被害の様子、さらには余震のこと(天気予報だって当たらないから地震学者の言葉も信頼できないという庶民の本音)、そして朝鮮人・主義者(!)が暴動を起こしているというデマ。それを肯定する警察・権力。

 水鳥一家、まわりの人たちは冷静に対応、とくに水島の中学1年の長男(のちのSF作家今日泊亜蘭(きょうどまりあらん)が学校で見聞きしていた朝鮮人いじめ・虐待(友人ともに日本人はどうしてああ野蛮なんだろうという義憤にかられる)から同情的。さらには、地震そのものが、外国の陰謀(地震兵器?)という話まで。

 さらに自警団結成(これも警察・権力の誘導)、水島に武器(刀)を借りに来た“インテリ”(大学講師)までまでいる状況。“鮮人”暴動の流言がどんどん具体的になる中、水島の回りは冷ややかにみている。

 だが、水島の画家仲間の中には実際に自警団に襲われた、九死に一生を得た人も。ここで、例の「ガギグケゴ」発音の話も出てくる。また、公式には(かなり遅れてだが)”鮮人”保護が公式の立場になった警察も、末端では混乱が続いていたこともわかる。襲われた友人を保護しようとする警官、民衆を煽る警官。水島自身も、朝鮮人と間違えられて殺されそうになった中国人を助けている。

※ ネトウヨ(さらには政府・自民党員の一部)を中心に、虐殺された朝鮮人の人数が明白でない(明白にできっこない)ことをもって、朝鮮人虐殺そのものを否定しよう、なかったことにしようとする人たちがいる(南京虐殺否定も同じ手段)。哀しく、恥ずかしいことだと思う。政府の中央防災会議の資料参照。政府でさえ、ここまで認めているという意味での引用です。それにしても、「殺傷事件による犠牲者の正確な数は掴めないが、震災による死者数の1〜数パーセントにあ たり、」って、震災による死者数は10.5万人と見積もられている。
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/index.html

https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/pdf/19_chap4-2.pdf

※ 政府・自民党員の一部というより幹部まで。官房長官の発言だから政府の見解? 自分の所の中央防災会議も否定? 都知事もそうなんだろうな。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023083000518

 混乱時に現れる人間の本性、儲けようとする人々、ほらを吹く人々。当時は「日本人は暴利屋」という諸外国の評価もあり、それを水島と彼の回りの人たちは、自虐的に自覚していたようだ。

※ 「日本民族」は古来からずっと清廉潔白ではないことがわかる。

 庶民はつねに「無辜の民」ではない、いくら権力に載せられてしまったとはいえ、加害者にもなるということだと思います。

※ NHKクローズアップ現代(8月30日)でも、この問題が取り上げられていました。<集団の“狂気”なぜ ?関東大震災100年“虐殺”の教訓?。

 岩波書店広報誌「図書」2023年9月号の巻頭は、この本の筆者による「知るよたくさん(検索、頼るし)」というこの本に対する筆者自身のコメント・補足でした。また本人が本文で種明かししていますが、この表題は回文です。

※ 重箱の隅
「もぐらのような怪自動車」(p.21)のネタ元として、エドガー・ライス・バローズの「ペルシダー」の中の鉄モグラが可能性としてあげられている。だが、ペルシダーシリーズのアメリカでの連載開始が1914年、単行本は1922年、日本語訳は1966年らしいので(国立国会図書館蔵)、いくら息子が後にSF作家になったとしても当時まだ中1なので、これは無理だと思う。

目次
 はじめに――水島爾保布と発禁版『新東京繁昌記』
翻刻 水島爾保布「愚漫大人見聞録」
 一 日比谷公園にて 江戸っ子のやせ我慢
 二 安政地震の昔語り 根岸の古老「ボー鱈先生」
 三 浅草の混乱 大学生「ケーさん」の報告
 四 津波の流言 迫る火の手
 五 震災と革命待望論 興奮する「カン君」
 六 水島、「破壊消火」に加勢す
 七 朝鮮人暴動の流言 殺気だつ人々
 八 上野公園の鳶口 襲撃された画家
 九 流言と日本人 「鉄砲町」の友達
 一〇 一缶五円のウエハース 画家「ジローさん」の話
 おわりに――発禁後の水島爾保布
 地図


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2023年9月記

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