第九軍団のワシ

第九軍団のワシ ローズマリ・サトクリフ 猪熊葉子訳 岩波少年文庫 ISBN978-4-00-114579-3 2007年4月(2021年2月第12刷)

 ときは西暦120年ころ、舞台は今のイギリス(ブリテン島)。当時のブリテン島の南側はローマ帝国領、北側はその支配が及ばない蛮族(ブリトン人の諸部族)が支配する地域、二つの勢力の境界が「ハドリアヌスの北壁(長城)」。つまり、ローマ帝国が拡張期を終え、停滞から縮小への転換、守りから滅びの時代が始まったころ。長城を築いたハドリアヌスの在位は117〜138年。                                                                                                                                                                            
 こうした中、ローマ帝国の軍人家系の青年マーカスは百人隊長として、南西部の辺境の地イスカ・ダムノオルムに赴任する。厳しい勤務の合間には、ブリトン人クラドックの案内で狩りを楽しむこともある。ある日、クラドックが戦車を持っていることを知ったマーカスは、それに乗れるか彼と賭けをして勝ってしまう。賭けの対象は彼の槍。何本かのうちの1本を選ぶ。だが、クラドックが手放さなかった槍は、新しく手入れされた戦闘用(狩り用ではない)のものだったことが気になる。

 不安はあたり、蛮族の襲撃を受ける。砦に戻ろうとする巡察隊を助けようと前線に繰り出すマーカス。戦車に乗ってきたのはクラドック、激しい戦闘で戦車の下敷きになってしまったマーカス。蛮族は敗れて去って行くが、マーカスが受けた足の傷は重い。軍人としてはもうやって行かれないので、とりあえず、カレバという町の外れにすんでいる伯父のところで静養することになる。

 カレバの闘技場で行われた剣闘士の戦い、マーカスは敗れた剣闘士エスカの命を助けるために、親指を上に立てるポーズ、伯父も続く。さらに奴隷エスカを買い取ることになる。

 伯父の家では一見平和な世界。エスカが捕らえてきたオオカミの子を飼ったり、そのオオカミの子に興味を持つ隣家のイケニ族の少女コティアとの交流とか。伯父の知人の外科医の再手術でようやく足も回復に向かう。

 マーカスが気になっていたのは、ハドリアヌスの長城を超え、第九軍団の司令官として4000人の兵とともに北に向かったまま、全員が消息を絶ち、軍のシンボルであるワシが失われた事件。その軍団長はマーカスの父だったのだ。

 その真相を突き止めようと、ブリテン島北部で需要が多いという偽目医者に化け、エスカとともに長城の北蛮族の地に潜入する。


 様々な苦労の果て、ようやくワシが蛮族の祭壇に祀られていることを突き止める。奪還し、一時それを隠しての逃避行。この間エスカを奴隷から解放し、親友としての間柄になる。ワシを隠した場所から回収に向かうエスカ。そしてワシの回収に成功したエスカと必至で長城を目指して逃げのびる。
 伯父の家に戻ったら、オオカミの子も戻ってきた。そこで伯父との面識がある司令官(エジプト人)にも面会する。次の話でも出てくる腕輪も登場する。持ち帰ったワシを司令官に見せ第九軍団の復活を願うがそれは拒否される。

 しかし司令官はマーカスたちの活躍をローマに報告していた。その結果マーカスは、名誉(退役軍人百人隊隊長)とお金と土地をもらえる権利を得た。マーカスはイタリアには戻らず、この地の土地を手に入れ、再会したコティアと暮らすために。

 というような話。先日読んだ岩波新書の「軍と兵士のローマ帝国」(井上文則)で、この本が紹介されていて、当時の雰囲気がよく書けているということなので読んでみた。日本ではまだ弥生時代、卑弥呼も登場していなかった時代の世界帝国ローマ。その統治の範囲ではローマ的な生活が営まれていた、市民も農民もいて、町には浴場も闘技場もあった。またお店もあり、居酒屋で楽しむ人々、すでにしっかりとした貨幣経済になっていた世界。

 よくわからないのが、たくさんの港町にやってくる巨大なガレー船。これは地中海からやってきたのか、対岸のフランス(ガリア)からのなのか。

 この本の作者はイギリス人女性だが、ローマ人(軍人)を規律正しい文化人、自分の祖先ブリトン人(厳密にはよくわかっていないらしい)を蛮族として描いている。その理由はこの本の解説にある

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2023年5月記

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