夜の道標 芦沢央 中央公論社 ISBN978-4-12-005556-0 1,600円 2022年8月10日(8月30日再版 )
時代は1996年〜98年、視点を登場人物ごと交互に変えながら物語は進んでいく。
仲村桜介:ミニバスケ選手の小学6年生。チーム一番の背丈と技術だったが、転校してきた橋本波瑠の体格・技術に圧倒される。そして、憧れの対象であり親友になる。
長尾豊子:総菜屋のしがないパート。偶然出会った中学校の同級生、でも一度も話したこともない阿久津玄をみずから、父親が遺した地下室に匿うことに。そしてそれが2年も続く…。
平良正太郎:警察に自首しようとしたはず、でも突然姿を消した阿久津玄を地道にを追う刑事(巡査部長)。新しい課長には疎まれて窓際に追いやられている。
橋本波瑠:桜介の親友。体格とバスケの技術は圧倒的。父はもとバスケットの有名選手(もちろんBリーグなどない時代)。彼は波瑠にバスケットを教える。だが、実業団チームが解散したあとは荒んだ生活になる。波瑠はこの父親に、“ふつう”の家庭に育っている桜介には想像もできない危うい生活を強いられている。
殺されたのは戸川勝弘、学校になじめない子供たち(授業について行けない(当時の言葉で“精神薄弱”)、いじめられている、不登校など)を個別指導する塾を営んでいた。子供たちからも、保護者たちからも慕われ、感謝されている。人格者という評判。でも、この塾を出たあと、何ら接点がなくなっていたはずの阿久津玄に殺されたらしい。
あと章立てには登場しないが(彼の視点での話の展開はないが)、重要な登場人物として当然阿久津玄がいる。事件当時35歳。ガタイは厳ついが、おとなしく優しい性格、子供も好き。小学校に入り授業について行けなかったが(文字も書けない、一桁の足し算もできなかった、だから“精神薄弱”と思われていた)、戸川の塾に入り授業にやっととしてもついて行けるようになった(塾は小6〜高2まで通った)。戸川に心酔している。また中学生のころいじめられていた同級生を“実力”で守ったこともある(長尾豊子はそれを覚えいた)。ただ、他人とのコミニュケーションを取るのは苦手、他人の言葉の意味を理解できず、その言葉のまま受け取ってしまう。やっと学科試験が通って取得した運転免許で運転手として働いていた。離婚歴がある。
もう一人、阿久津玄の母親。彼女は何かを知っている。玄の離婚した妻のことを気に懸けているらしい。何回も彼女を訪ねた平良正太郎も、彼女が秘密を持っているとは思っている、そして彼女がふと漏らした言葉「みんながやっていること」、それが何を意味しているのかに気がついたときは…。
事態は、偶然に波瑠と玄が接点を持つようになって急展開し始める(裏表紙帯)。桜介たち小学6年生には最後の楽しい思い出なるはずの、泊まりがけの日光への修学旅行。修学旅行に行けない波瑠を参加させようとする桜介や担任。でも、波瑠が参加しない(できない)まま日光へと出発。波瑠と玄は?
殺人事件の犯人はわかっているので、なぜ優しい性格の彼が心酔している戸川を殺すに至ったのか、しかも塾を出て20年近くも接点がなかったのに、殺人にまで至る動機の解明がこの本での「謎解き」。1990年代の話ということがヒントになる。「善意」とは何かを考え出すと深く、暗い内容。これ以上はネタバレになるのでここまで。
2022年11月記