東南アジア史10講

東南アジア史10講 古田元夫 岩波新書 ISBN4978-4-00-431883-5 900円 2021年6月

 東南アジア史は、いろいろな国や民族が入り乱れている感じがしてよくわからない。なので、こういう本はありがたい。でも古代からほぼ現代までを新書にまとめているので当然だが、次から次へと出てくる民族名・王朝名などが多すぎて、とても覚えきれるものではない。

 全体として東西の海上交通の要衝に位置しているために、東西の大国の興亡によって左右される場所、とくにその東側は中国の影響が強い。南部分はイスラムの影響が強い。大航海時代以降は、ヨーロッパが直接関与してくる。一時は日本(倭寇後と第2次大戦)も、強い関わりを持ったこともある。

 東南アジアは、マレーシア領ボルネオと、ベトナムに行ったことがある。マレーシア領ボルネオもイスラム。でも、緩いイスラム。屋台では見えるところには置いてないお酒も、頼めば出てきた。もちろんレストランでは当たり前に。キナバル山登山には、隣国ブルネイからの若者がたくさん来ていた。

 一方ベトナムは、いまだ南北の見えない壁があるし(のんびり生活を楽しみたい南 vs 一生懸命働いてお金を稼ぎたい北)。中国の強い影響も残っている感じがした(漢字文化)。アメリカ軍の広大な基地があったダナンには、富裕層(おもに中国人)向けの巨大なカジノも作られていた。

 対アメリカのベトナム戦争終結前後、ベトナムと中国&カンボジアの熾烈な争い。一方ではベトナムがカンボジアに軍事侵攻し、そのベトナムに「懲罰」と称して軍事侵攻した(ケ小平)中国。“社会主義陣営”のなかでの矛盾・対立が赤裸々になった。ベトナムの人たちにとって、中国を直感的に脅威と見なしている人が多いようだ。その反発は、あれだけ熾烈に戦ったアメリカに対するそれよりも強いようだ。遙かな歴史の積み重ね。

※ 朝鮮戦争では浸透人海戦術でアメリカ軍と戦った中国軍。でも、対ベトナム戦では、アメリカと熾烈に戦っていたため軍(の装備)が近代化されいたベトナム軍には歯が立たなかった。この反省が、いまの習近平の軍事に繋がっていると思う。

※ ベトナム戦争時、大学の某政治党派の青年組織の人たちが、“一般学生”に対して、南ベトナム民族解放戦線は南ベトナムの人たちだけの組織で、北ベトナムからは精神的な援助だけで、物質的援助も、人的支援(北ベトナム軍の直接参入)も一切受けていないと力説していた。まあ、当時でも学生党員レベルでは真実を知っていただろうが、信じ込んでいた青年組織の人たちは、いまどういういう思いなのだろうか。ハノイ労働党は1959年に南の組織に対して武装闘争容認、1963年正規軍(人民軍)投入という歴史的事実。

 一方ベトナムは日本はかつて侵攻したこともあるのに、日本に対しては憧れを持っていた。それほど実害がなかったのだろうか。オートバイはすべて“ホンダ”と呼ばれ、中国製ではなく日本製のオートバイを持つのがステータス。あと、ドラえもん人気。もう10年も前のことなので(2010年)、いまはどうなのだろう。

 筆者は専門がベトナム史のようで、少しベトナムに甘い気もする。たしかに、表面的には“自由”で、ホーチミン市などでは平気で“サイゴン”と書かれたTシャツも売られていた。でも、少しでも共産党に異を唱えれば、それは共産党が政権を持っている他の国と同じ目に遭うことになる。経済的には「中進国(中所得国)の罠」に入っていると思う。ドイモイ政策はその中での限定的成功。

 あと、現代まで記述があるのだから、現在の中国の思惑、東シナ海の制海権をねらう動きばかりではなく、経済的な枠作りであるアジアインフラ投資銀行や、さらに大きな枠組みである一帯一路にもっと触れてもよかったのではないかと思う。

 

tounanajiashi-01.jpg (81955 バイト) tounanajiashi-02.jpg (72450 バイト)

目次
第1講 青銅器文化と初期国家の形成 先史時代〜9世紀
 1 東南アジア地域の特徴
 2 青銅器文化と初期国家
 3 古代国家群の展開
第2講 中世国家の展開 10世紀〜14世紀
 1 東南アジアの中世を規定した要因
 2 農業国家から発展した中世国家
 3 交易国家の新展開
 4 転換期としての一三〜一四世紀
第3講 交易の時代 15世紀〜17世紀
 1 「交易の時代」の背景
 2 「交易の時代」の新興国
 3 新たな外来商人の活躍――ポルトガル、スペイン、日本、オランダ
 4 「交易の時代」の大陸部諸国家
 5 マレー・イスラム世界の展開
第4講 東南アジアの近世 18世紀〜19世紀前半
 1 東南アジアの近世の規定要因
 2 大陸部の近世国家の展開
 3 ヨーロッパ勢力の変化
 4 ゾミア
第5講 植民地支配による断絶と連続 19世紀後半〜1930年代@
 1 東南アジアの近代――断絶と連続
 2 植民地支配の確立とシャムの近代化
 3 東南アジア経済の再編成
第6講 ナショナリズムの勃興 19世紀後半〜1930年代A
 1 ナショナリズムと植民地
 2 ナショナリズムの展開
 3 国際共産主義運動と東南アジア
第7講 第二次世界大戦と東南アジア諸国の独立 1940年代〜1950年代
 1 第二次世界大戦と東南アジア
 2 日本の戦争
 3 「日本を利用しての独立」から「自力による独立」へ――ビルマとインドネシア
 4 反日と「日本を利用しての独立」の交錯――ベトナム
 5 敵意に囲まれた日本――フィリピンとタイ
 6 異なる対日感情――マラヤ、シンガポール
 7 インドネシア独立戦争と第一次インドシナ戦争
 8 独立と新国際秩序
第8講 冷戦への主体的対応 1950年代半ば〜1970年代半ば
 1 冷戦構造と東南アジア
 2 ベトナム戦争
 3 開発と独裁
 4 マレーシアの結成とシンガポールの独立
 5 ASEANの結成
第9講 経済発展・ASEAN10・民主化 1970年代半ば〜1990年代
 1 冷戦体制の崩壊からポスト冷戦期へ
 2 カンボジア紛争からASEAN10へ
 3 開発独裁の終焉と改革の模索
第10講 21世紀の東南アジア
 1 グローバルな課題と東南アジア
 2 ASEAN共同体の発足
 3 各国のいま
 4 結びにかえて――コロナ禍と東南アジア
主要参考文献

2021年10月記

戻る  home