三体III 死神永生

三体III 死神永生(上・下) 劉慈斤 大森望・光吉さくら・ワン・チャイ・泊功訳 早川書房 上:ISBN978-4-15-210020-7 1,9100円 2021年5月 下:ISBN978-4-15-210021-4 2021年5月 1,900円

 三体三部作の完結編。

 三重星の周りというきわめて不安定な軌道を回る惑星上で進化してきた三体人、過酷な環境に適応し高度な文明を築いた。そして、安定な環境を求め見つけたのが地球だった(文化大革命で物理学者の父を惨殺され、人類に絶望した葉文潔(ヨウ・ウェンジェ)の導き)、亜光速宇宙船や、量子のもつれを利用した超光速(瞬時)通信などの圧倒的な科学力をも持って人類を支配にかかる。先に送り込んだスパイAI量子コンピュータの智子(ソフォン)でつねに人類を監視して、科学の発展の芽を摘んでいる。ただ、三体人の宇宙艦隊本隊の到着は数百年後、それまでに人類は対応できる手段を見つけるだろうか(第1部)。

 いまや一致団結して三体人に立ち向かおうとする地球人。人の頭の中以外はすべて見通せるスーパーコンピュータ智子、ただ人の頭中までは覗くことができない。その唯一の弱点を突破口に、個人の頭の中だけで対応策を考える人として、選ばれた羅輯(ルオ・ジー)はこの計画の実行者“面壁者”の一人となる。ほかの“面壁者”のアイデアは次から次へと三体人に見抜かれて頓挫する。そのころ、三体人の宇宙探査機“水滴”が発見され、数千隻に及ぶ宇宙艦隊が派遣されるが、圧倒的な科学力の差であっさり殲滅されてしまう。生き残ったのは逃亡を図った<自然選択>号の追撃に向かった<藍色空間>号、人類同士の最終決戦に生き残った<青銅時代>号の二隻のみだった。
 一方、隠遁生活を送っていた羅輯は無理矢理使命に向き合わされ、宇宙文明の真相を知ることになる。宇宙は<暗黒森林>で、森林に隠れた無数の狩人が生命の存在をサーチし続け、先に見つけた方が自分にとって害をなす存在になる可能性のある相手を容赦なく殲滅する(惑星の母恒星を破壊する)というものだった。これを知った羅輯は、三体世界の座標を宇宙に発信するという脅しをネタにして(もちろん自分を殺せば自動的に送信)、三体人と交渉する。人類と三体人の表面的な、でも緊張した共存の時代に入る。羅輯は全宇宙に三体星の座標を送る決断をする“執剣者”になる。(第2部暗黒森林)。

 第3部に入り物語は急展開、不治の病に冒された雲天明(ウン・ティエンミン)、安楽死を選択して実行する直前大学のクラスメートだった程心(チェン・シン/てい・しん、第3部の主人公)に止められる。天明は死を覚悟したとき、彼の大学時代のアイデアを工業化して大金持ちになった友人から莫大なお金を譲られる。そのお金で大学時代、引きこもりがちだった天明に優しく接してくれた程心に、匿名で恒星DX3906をプレゼントする。 一方程心の方は、三体艦隊に使節(スパイ)を送り汲むための宇宙船の推進方法を考えだし、この計画の責任者になっていたのだ。

 彼女は国連惑星防衛理事会戦略簿情報局(PIA)の技術センター室長補佐、室長は冷酷なトマス・ウェイド。彼女が考えた奇想天外な推進方法を採用し、いざ天明を送ろうとするが(階梯計画)、天明はそのままでは体重が重すぎる。 どうするか…。

 一方、執剣者が羅輯から程心に移る間隙を縫って、三体人は全人類を力尽くでオーストラリアに押し込め(実質的人類絶滅計画)、三体人艦隊はスピードを上げ地球に数年以内に到着することになる。そこで、地球からも三体人艦隊からも死角にいた<青銅時代>が三体星の座標を重力波で全宇宙に向け送信する。まもなく破壊される三体星(のひとつ)。宇宙が暗黒森林であるという仮説が実証されたこと、この送信は同時に太陽系の位置をも暗黒森林に教えたことになるということである。じっさい三体人は太陽系から一斉に逃げ出す。残された残された地球人はどうやって逃げ出すか、それが不可能ならどうやって太陽系を隠すか。掩体計画が始まる。

 いろいろな過酷な責任を負うことになる程心。程心が彼女の大学院時代指導して程心を尊敬してやまない、また程心の会社を守り育てた艾AA(アイ・エイエイ)、なぜか程心と心が通う量子スーパーコンピュータ智子(ソフォン)のアバター(女性型ロボット)智子(ともこ/ちし/チーズー)が程心の周りにいる。さらにずっと生きている羅輯、憎まれ役のトマス・ウェイドもいる。

 雲天明は驚くべき方法で、情報を伝えてくれようとする。それを解読できるか。雲天明の恋心を知った程心と、天明はどうなる。そもそも人類(太陽系)は森林世界に知られないですむのか、あるいは太陽を捨てて新天地を見つけることができるのか。森林世界の中には、光の粒(物理的実体)を恒星にぶつけて恒星を爆発させる科学力を持つものがいるばかりか、相手を二次元化して無力(害がない存在)にするほども力を持ったものまでもいる。

 全三部作がようやく終わったが、結末はいわゆるハッピーエンドではない程度のことは、ネタバレだが書いてもいいと思う。あと、作者は意図的に第3部をハードSF的な要素を多く取り入れているといっているらしい。たしかに、いろいろなアイデアが出てきて、それも面白い。

 作者の劉慈斤は日本にはあまり悪い印象を持っていないようで、女性型ロボットは日本人智子(ともこ)の形をしている。ふだんは和服を着ていて、茶道を嗜み、武器として日本刀を持っていたりもする。明代から清代の中国の大衆小説でも、日本刀はとてもよく斬れる刀ということになっている。ほかにも日本人らしき者も出てくるが、悪者としてではない。

 少し作者のことを心配すると、そもそもの物語の発端は文化大革命の非道さで人類に絶望した葉文潔の行動(文化大革命の全否定)。物語内部でも、独裁制よりも民主制の方が優れているということを再三書いていて、こうしたことが現北京政府(中国共産党)の目にとまって逆鱗に触れたりしないだろうかということだ。場合によっては、締め付けの対象にされそうな気がする。まあ、自分は独裁者ではないと思っているかもしれないが…。

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2021年6月記

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