レストラン「ドイツ亭」

レストラン「ドイツ亭」 アナッテ・ヘス 森内薫訳 河出書房新社 ISBN978-4-309-20816-9 2,900円 2021年1月

 1963年〜1964年のアウシュビッツ裁判を舞台にした小説。時代は映画「ティファニーで朝食を」やビートルズがデビューしたてのころ。筆者(女性)は1967年生まれだから、戦争はもちろん、この裁判自体も体験していたわけではない。この裁判は、戦勝国が“戦犯”を裁いたニーベルンゲン裁判や、イスラエルのアイヒマン裁判とは異なり、ドイツ自身が、アウシュビッツに関わった人たちの責任を問うた裁判だった。小説のモデルのなった実在の人もいるようだが、基本的には筆者の創作だという。

 主人公のエーファは、大金持ちの御曹司・大きな会社(通販)の後継者ユルゲンが、本当に結婚を申し込んでくれるかを心配している若い女性(いわゆる玉の輿婚になる)。でも、少しはできるポーランド語(ふだんは法律や経済関係の翻訳)、ポーランド人通訳が出国できなくなったため(鉄のカーテンの時代)、急遽ポーランド人証人の通訳をやることになる。

 今まで歴史に興味がなく、アウシュビッツも全く知らなかった彼女が、どうしても知らなくてはならないと思い始めて、通訳を引き受けることになる。女性は家庭に入るべきと考えているユルゲンとの軋轢が始まる。当時のドイツは、夫の許可がないと外に働きに出ることができかった時代だという。

 証言者たちの驚くべき証言内容を通訳しなくてはならない。そして、裁判官、検事、弁護士たちとのアウシュビッツ現地調査にも同行することになる。ここで、あることを確信する。自分はかつて(4歳のころ)ここに住んでいたことを、当時の父母たちがなんだったのかを。裁判の過程でも父母に対する疑問が膨らんできたのだった。さらに後、再確認のために一人で現地に行ったときに、物証までも得ることになる。

 物語はほかに、ユルゲンの話、最初は感じが悪かった若い熱血検事ダーヴィトの話、彼らとエーファとの話などが間に入る。エーファがユルゲンに性的関係を誘っても拒絶されたり、ダーヴィトとは関係を持ったりもする。

 エーファの父母に対する疑いは、被告人1号がレストランに来たときの反応から始まる。さらに裁判資料で確信することになる。エーファの両親のことも裁判で明らかになる。
 たまらず家を出て一人暮らしを始めたエーファと悲しむ両親(そうするしかなかったと)、そこを尋ねてきた弟シュテファン(親友からも遊んでもらえなくなっている)に父母のことを聞かれたエーファは、あれほど怒りを覚えたことはなかった言葉「何もしなかった」と答えざるを得なかった。実際何もしなかったのだから…。自立したエーファは自分の意志でユルゲンと会うことにする。

この本には長編小説によく付いている「主要登場人物紹介」がないので、自分で作ってみた。かなりのネタバレになってしまった。

エーファ・ブルーンス:主人公、24歳。ポーランド語が少しできるために、戦時犯罪人裁判においてアウシュビッツ収容所の生き残りの通訳をやることに。そこでドイツの過去と直面せざるを得なくなり、結婚を考えていてユルゲンに物足りなさと違和感が生ずる。
ルートヴィヒ・ブルーンス:エーファの父。フランクフルトのベルガー通り「ドイツ亭」のオーナーシェフ。妻子にとても優しい(末っ子の息子には超甘い)、客が自分の料理に満足してくれるとうれしい働き者。
ユーディト・ブルーンス:エーファの母。良妻賢母。だが、彼女が戦争中にしたことは?
アネグレット・ブルーンス:28歳のエーファの独身姉、自分より少し早く結婚しそうな妹に少し嫉妬、でも元々は仲がよい。市立病院新生児科の看護師。死の瀬戸際の新生児を助けて元気にさせることに生きがいとしている。だがその真相は…。
シュテファン・ブルーンス:エーファの幼い弟。いたずらっ子だがパッツェルが大好き。
パッツェル:ブルーンス家の老犬。
ショールマン・ユルゲン:エーファの恋人。大手通信販売会社の跡継ぎ。神父を目指していた元神学生。エーファの性的誘惑も退けるほどの超まじめな性格で、妻は夫に従い家庭内にいるべきという古い意識の持ち主。だが、彼もじつは重い過去を背負っていた。
ヴァルター・ショールマン:ユルゲンの父。元共産党員で通販会社創始者。ナチスに拘束された時に受けた拷問によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)があり、さらには認知症の兆候も。商売では大成功して大金持ちになり、高級住宅街に大豪邸やヘルゴラント島に大きな別荘を持っている。別荘へは自家用飛行機で行く。
ブルチッテ・ショールマン:ヴァルターの後妻。ユルゲンとの仲も問題ない。
ダーヴィト・ミュラー:カナダに住んでいる熱血検事(司法修習生、ユダヤ教徒)。彼も心の闇(劣等感)に苦しんでいる。被告人4号を激しく憎んでいるが、じつは…。アウシュビッツ現地調査にも参加、そして…。
白ブロンドの男:ダーヴィトの上司。
キュスナー:市立病院の医師。離婚、退職して、アネグレットを連れて地方都市の医院を引き継ぎたいと思っている。新生児病棟で乳児が次々に病気になることに悩んでいる。
ヨーゼフ・ガボール:ポーランド人の証人。
ヤン・クラール:ポーランド人の証人。
オットー・コーン:イスラエルから来た証人。証言の後茫然自失、交通事故死。
被告人1号:もと収容所の副所長。ブルーンス夫妻を知っていて、激しく憎んでいる。
被告人番号4(野獣)):ダーヴィトが激しく憎んでいる。
被告人番号17:エーファが最初に通訳したクラールが指さした。
ジャスキンスキー:収容所の理髪師
シシィ:娼婦。 ダーヴィトとは1回客として、その後再会して彼の癒やし的存在になり、彼女も保護者的な感覚になる。10代半ばの息子がいる。

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2021年6月記

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