脳の大統一理論

脳の大統一理論 乾敏郎・坂口豊 岩波科学ライブラリー299 ISBN978-4-00-029699-1 1,400円 2020年12月


 もちろん熱力学の自由エネルギーではなく、それを模した自由エネルギーを定義し、脳の認識−行動を統一的に説明しようとするドグマを提唱する。ボトムアップの情報と脳からの予測を照合し、瞬時に試行錯誤をして最適解を見いだすシステム。デジカメのピント合わせみたいなものか。将来の人工知能の可能性を感じさせる。もう間に合わないが。


 “解釈”が主流だったこれまでの心理学・脳科学を主導する理論になるのだろうか。地質学におけるプレートテクトニクスみたいに。


 ただ、危ういのは「吊り橋効果」(揺れる吊り橋でどきどきしている状態の時、異性に声をかけられると、どきどきをその異性に出会ったためとして恋愛感情が起きやすくなるという“実験”)を正しいという前提で、自由エネルギー原理で解釈できるとしているなど、そのもととなる“実験”が危うい前提のものがあるということだ。


 いずれにせよ、脳が認識しているこの世界から、逆に脳自身を分析できるようになっているという不思議さ。人間の網膜はわずか数百万画素というのに、デジカメの数千万、あるいは億に達しようとしている画素数の情報量よりも遙かに多い情報を処理できている不思議さ。


 日本の心理学科のほとんどが文系学部に設定されている、脳科学もきわどいというのが現状。この本の付録に扱われているような数学を駆使できなくては、こうした理論に反論もできないという現実を考えると、学際という言葉ではなく、根本的にこうした分野の大学−大学院の組織の改編を行わないと、世界水準に置いて行かれるのは自明なことだと思う。まあ、すべての分野で世界水準というのは、もう現在の日本の“国力”では無理なことだろうけど。


目次
まえがき
脳の構造
1 知 覚――脳は推論する
2 注 意――信号の精度を操る
3 運 動――制御理論の大転換
4 意思決定――二つの価値のバランス
5 感 情――内臓感覚の現れ
6 好奇心と洞察――仮説を巡らす脳
7 統合失調症と自閉症――精度制御との関わり
8 認知発達と進化、意識――自由エネルギー原理の可能性
あとがき
参考文献
付録 自由エネルギー原理の数理を垣間見る

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2021年1月記

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