人は簡単には騙されない

人は簡単には騙されない ヒューゴ・メルシエ 高橋洋訳 青土社 ISBN978-4-7917-7364-0 2,800円 2021年2月

 アメリカでは元大統領自ら発信元にもなったフェイクニュース、その信者の一部と重なる陰謀論、古くはナチや毛沢東共産党のプロパガンダ、多くの人がそれを信じてしまった、なぜだろうというのが普通の問題意識だろう。でも、筆者はそうではなく、人の意識(世界観)はそう簡単には変えることはできない(とても頑固)、信じてしまったごく一部の人の過激な行動が報道されるが、多くの信者(たとえば前大統領支持者)は穏健、場合によっては生き抜くために信じるふりをしているだけ(ナチや文革)という。そして、人が信じるのは、元々の自分の考えと合致するものだという。

 確かにそういう面もあるかもしれないが、やはり日本の戦前を考えても、一部の懐疑的な人を除き、多くの人は途中までかもしれないが、大本営発表を信じたのではないだろうか。そうあってほしいから信じたといわれればそれまでだが。
 執筆時が2016年のアメリカ大統領選挙と重なっていたらしく、ヒラリー陣営に対するフェイクニュースも多く取り上げられている。あと、アンチ・ポストモダン派らしく、ラカンの難解な文章を何回が取り上げているが、この筆者の文章もなかなか難解である。

 個人的には陰謀論者とはできるだけ関わりを避けているが、やむを得ない事情で少し話したことがある。彼はアポロ陰謀論(本当は月には行っていない)には否定的、9.11陰謀論(アメリカ政府の自作自演)は信じていた。つまり、自分はアポロ陰謀論は科学的に見て誤りだと判断できるが、こうした科学的な判断ができる自分が見ると9.11は陰謀であることは確実だというスタンスだった。もちろん説得などできなかった。いちどこうした“沼”にはまると、あらゆるものが共鳴して確信がより強固になるようだ。どこが、こうした“沼”にはまるのか(騙されるのか)、はまらないのかの分岐点もわからない。

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[目次]
はじめに
人は簡単に騙される 人は簡単には騙されない 開かれた警戒メカニズム 本書の理解
第1章 人は簡単に騙される 
無条件の信用 騙されやすさの心理学 信じやすさの適応性 人は簡単に騙されない
第2章 コミュニケーションにおける警戒 
奇妙な行動をする動物たち 争いとコミュニケーションの進化 コミュニケーションの以外な失敗 コミュニケーションの意外な成功 コストがかかるシグナルをタダで発する方法 警戒の必要性
第3章 開かれた心の進化 
洗脳者とサブリミナル効果 読んだことは何でも信じないようにしたほうがよい 洗脳は何も洗い流さない
第4章 信念 
対立する意見の対処方法 妥当性チェックを超えて:議論 挑戦的な議論 直観が間違っていたら?
第5章 知識 
目撃者の優位性 信頼できる専門家 アインシュタインは修理工か? 理性的なヒツジ マジョリティの力に抗する 有能は能力検知
第6章 信用 
微表情 なぜうそを見破れないのか 手抜きと誠意 動機がものを言う 名声ゲーム 自信過剰は高くつく 誰を信用するべきかを判断する
第7章 情動
理性の内なる情念? 情動的警戒 伝染は受けはよくても誤解を招くたとえである 理性的な群衆
第8章 デマゴーグ、預言者、伝道師 
デマゴーグ 預言者 伝道師 
第9章 政治宣伝、選挙キャンペーン、広告 
政治宣伝 選挙キャンペーン 広告 大衆説得のパターン ではかくも間違った考えが蔓延しているのはなぜか?
第10章 興味をそそられるうわさ 
危機のうわさ 伝播するのはデマばかりではない 自発的なうわさの追跡 なぜデマを信じるのか? 抑えきれない好奇心 うわさに報いる 最低限のもっともらしさ 現実からの逃避 何をすべきか
第11章 循環報告から超自然信仰へ
情報源の遍在性 二次の隔たり 隠れた依存性 信者はなぜ信じていると言うのか? 何をすべきか?
第12章 魔女の自白と有用な愚行について 
魔女の驚くべき告白と狂気 信頼されるおべっか使いになる方法 自らの退路を断つ 何をすべきか?
第13章 フェイクニュースには効果がない 
誰もが血を流す 正当化の手段 どこから分断が生じるのか? 私たちの(というよりアメリカ人は)どの程度分断されているのか? 何をすべきか?
第14章 あさはかなグールー
非直観的な度合い 貴重なあさはかさ カリスマ的な権威? 評判の信用貸し 科学の受容 グールー効果 何をすべきか?
第15章 憤懣やるかたないわけ知り顔の輩と巧妙な詐欺師 
特定の陣営に肩入れする 見知らぬ人びと同士の信用 非合理な信用の効果 何をすべきか?
第16章 人は簡単には騙されない 
騙されやすくないのになぜ間違うことがあるのか? 騙されやすさをめぐる騙されやすさ 私の間違いはあなたの問題 もっと改善できる 脆弱な信用の連鎖
訳者あとがき 
巻末注 
参考文献 
索引

2021年4月記

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