「役に立たない」科学が役に立つ

「役に立たない」科学が役に立つ エイブラハム・フレクスナー×ロベルト・ダイクラーフ 初田哲夫監訳 野中香方子+西村美佐子訳 東京大学出版会 ISBN9784-13-063375-8 2,200円 2020年7月

 表題はもちろん誇張で、現在一見役に立たないと思われる科学でも、将来的に役に立つかもしれないという程度。でも、アメリカでも、基礎科学は直接、あるいはすぐに役に立たない、学者の“お遊び”と思われているのだろう。
 筆者は、アインシュタインも在籍したプリンストン高等研究所の初代所長(フレクスナー)と現所長(ダイクラーフ)。

 フレクスナーは研究者育成に心を砕いた人で、発見時は有益と思われなかったものが、現在有益なものになっているものは多いが、単に有益を求めるのではなく、精神の解放を求めるのだ、そこには当然無駄がある、これを容認することが必要だという観点から、大金持ちの兄妹をパトロンとして、有能な人が研究に専念できるプリンストン高等研究所を起ち上げる。さらにナチスのユダヤ人科学者迫害を奇貨として、優秀な学者たちを招請する。これが、科学の重心がヨーロッパからアメリカに移動する結果となる。学者の自由を保証するときに最大の成果が得られるとまとめる。

 ダイクラーフは、フレクスナーの功績を紹介しながら、また、フレクスナーのように、多く学者の事例を紹介しながら、量子力学や相対性理論のような基礎研究が、現在の社会を支えていることも強調する。また、現在を生きる科学者でもあるので、インターネットやそのうえで成功したgoogleの紹介もある。ただ、基礎研究が必ずしもプラスの結果をもたらすわけではないと、原爆を例に釘を刺すことも忘れない。

 彼はスプートニクショック後一気に膨らんだ国の科学技術予算、だがこの公的資金も最近はどんどん減らされ行く現状(企業からの寄付も減っている)を憂い、また科学者の社会に対する責任が大きくなっていること、科学者と社会の対話が、「やっかいな問題」(気候変動、原子力、予防接種、遺伝子組み換えなど)に対して、市民のより責任のある選択に繋がっていくということを述べる。

 アメリカでも科学は「評価指数」と「政策」に左右され、先の見えない研究は助成金を得られにくく、また年を取ってからしか得られなくなっているという、さらに数値目標が立てにくい人文科学・社会科学が犠牲になっている、彼はこうした現状に危機感を持っている。

 日本の場合はさらに深刻で、かつての経済大国は夢の彼方に去り、2018年の一人あたりGDP(国内総生産)は世界の26位、2019年ではどうも韓国、イタリアにも抜かれて28位になっているらしい。つまりもう、基礎科学に潤沢な予算を回す余裕がないという状態になっているのだろう。ノーベル賞受賞者が出るのは過去の残照。

 この本では難しい科学の用語などは、その言葉が出てきたページでコラムとして解説している。また、本文に出てくる科学者たちは後ろからアイウエオ順に並べて紹介している。こうした工夫もあるので、多くの人にも読みやすいと思う。

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2020年10月記

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