波の塔

波の塔(上下) 松本清張 文春文庫 ISBN978-4-1-6-769722-8・978-4-16-769723-5 720円・648円 2009年9月(2018年5月第3刷)・2009年9月(1959年〜60年女性自身に連載)
 おおざっぱな筋は裏表紙にあるとおり。なぜか関係ないはずの登場人物たちが接点を持ち、さらにそれが複雑に絡み合って、皆の立ち位置が崩壊していく。週刊誌に連載したものということもあり、次の章ではどうなるのだろうという興味を引っ張る構成は、さすが松本清張。このころはたくさんの連載を抱えていて、まず口述筆記、そしてそれを校正という書き方をしていたころだと思う。すごい力量。清張初の恋愛小説ということだが、背景はR省を巡る汚職ということも松本清張らしい。トリックではないが、列車の時刻表の描写も詳しい。
 NHKBSの新日本風土記で「松本清張・鉄道の旅」というものをやっていて、この本で地元の深大寺が登場することを知って興味を持った。深大寺の登場は2回、最初のころに、古代遺跡巡りが趣味の新米検事の小野木喬夫と謎の人妻・結城頼子が忍び会いをしていたところを、信州の古代遺跡(縦穴住居)で喬夫と出会った田沢輪香子(R省局長の娘)と偶然に再会する場面(輪香子は喬夫に惹かれている)。もう1回は最後の方、頼子の夫が逮捕された後での緊迫した夜の逢い引きの場面(事件をもみ消したい側の尾行者から決定的な証拠写真を撮られる、いまでも夜に営業している店はない、当時はもっと人影もない場所だったはず)。

 当時と今の社会的な常識というか日常が違っている。田沢輪香子の父は中央官庁の高級官僚で、家では女中(死語?)も雇っているし、毎夜のように高級料亭での会食(接待)もあり、さらに輪香子が初めて信州への一人旅に行くときには、行く先々に手を回し、すると現地の自治体・企業・旅館から手厚い保護を受けるという中央官庁の権威のすごさ(古代遺跡で喬夫に出会ったのはほんの一瞬の自由な時間)。でも、田沢家は大金持ちと思ったら、給料はそれほど高くないということが後半になってわかってくる。
 あと、タクシーの使い方。お金を自由に使える頼子はいいとして、新米検事の小野木喬夫や、大学卒業後花嫁修行中(死語?)の輪香子までも、長距離を平気でタクシーで移動する。最後に頼子は、夕方一人で西湖(樹海)に行くのに、いくらお金があるとはいえ、富士急行線(当時は富士山麓電鉄)を使わずに大月からタクシーを使っているのも驚き。おまけに他に客のいない西湖のユースホステルでコーヒーを飲んだ後に…。いま、こんなことしたらたちまち不審者として通報されそう。

目次(上巻)
小さな旅
深大寺付近
暗い窓
暗い匂い
夜の散歩

雨中行
見た紳士
佐渡へ
ビルの事務所
目次(下巻)

上野駅の青年
情報
黒い山
ニュー・グランドホテル
逮捕
局長の家
落下
断絶の時間

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2020年6記

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