芥川賞直木賞秘話 高橋一清 青志社 ISBN978-4-86590-097-2 1,400円 2020年1月
筆者経歴を見る前は、80代の半ば〜90歳前後の人かと思った(実際は1944年生まれ)。つまり内容・文章が老人の繰り言のように止めどなく前後左右にぶれていく。文壇事情に精通していればそれでもわかるのだろうが、無縁の世界なので読みづらい。
それでも、実名で書かれている(ぼかしている人もいる)個々のエピソード(プライバシー)は面白い。受賞後金沢の行きつけのキャバレーで「植木賞」をとったと思われた(植木屋さんと思われた)五木寛之は可愛いとして、東京で豪遊した後の三好京三の“御殿”とか。直木賞をもらった後、書かなくなった(書けなくなった?)車谷長吉とか(実際は書いている?)、芥川賞をもらった後、書かなくなったけどゴルフコンペに欠かさず来るという庄司薫とか(奥さんでありピアニストの中村紘子からは「そのうち書くのでよろしく」と挨拶されたという)。ついでに、ゴルフにのめり込む作家はだめになるとかも。芥川賞の賞金を前借りして、酔っ払って傷つけた相手に対する示談金を払ったという中上健次は、彼らしい。賞をもらいたくてたまらない人(作家)たちばかりか、夫に賞を取らせたいために肉弾攻撃を仕掛ける妻までいたという。
編集者としては自他共に許す強力だったようだ(新人のころ人事から無能と誤解され(無能な他人と誤解され)、その人事担当者が後に社長になり、会長を辞めるまで冷や飯)、でもそのために編集の最前線(芥川賞、直木賞選考委員会の事務局長を体験)いたためもあると思う。作家の文章に手を入れる、あるいは題材を提供するのはいいとして、自分が提供した題材に乗ってこないから大成しないというような話もしている。自分が育てた、あるいは才能を認めた人は絶賛。
彼の文学観は「人間を描かないのは文学ではない、人間同士の関係の第一は恋愛、さらにそれはハッピーなものでなくてなならない。」というものらしく、それと相容れないものは、あまり受け入れられないようだ。
芥川賞・直木賞に関わり始めたとき、偶然駅で出会った大学時代の知り合い(友人というほどでもない女性)に、自分が今している仕事を話したら、「ふーん、それで?」という対応をされ、芥川賞・直木賞に関心のない人たちも多いと気がついたという。これが若いときで、彼にとってはよかった。
雑誌の場合は、増刷すればするほど出版社は赤字になることを知った。また、パーティ荒らしと呼ばれる人たちの存在も。
この本が文藝春秋からの出版ではなく、青志社からの出版ということは、芥川賞・直木賞の内幕を書いているためか(不利になるようなことは書いていないと思う。公正に検討していると強調しているので)、あるいは文藝春秋との関係が悪いのか、青志社の社長(長らく主婦と生活で「週刊女性」を担当していた阿蘇品 蔵(あそしな おさむ)氏と昵懇なのか。
目次
一、候補作品がそろうまで
二、選考委員会前後
三、なぜこのような受賞作になったか
四、一夜にして有名人になり、人生が変わる
五、話題の受賞者、受賞作
六、授賞式の裏表
あとがき
2020年7月記