KGBの男

KGBの男 ベン・マッキンタイアー 小林朋則訳 中央公論社 ISBN978-4-12-005310-8 2,900円 2020年6月


 スパイ小説もどきというか、実際のスパイの話なので緊迫感十分。とりわけ、二重スパイということがばれそうになったときに、モスクワからのフィンランドへの脱出行(ピムリコ作戦)は、ほんとに紙一重の差(いろいろな誤算や、当人の思いもかけぬ行動)で成功する。

 主人公カレーク・ゴルジェフスキーは父も兄もKGBという家の出(母は少し懐疑的)、そのままKGBに入る。だが、ベルリンの壁建設、プラハの春の弾圧を見て西側(イギリスのにM16)に寝返る(1973年〜74年)。もちろん非公然、つまり二重スパイになる。イギリス側から提供される“情報”のおかげで、KGB内でも順調に出世。彼の情報でソ連のスパイとわかり追放された者も多い。

 この本では彼の情報で、サッチャー、レーガンばかりが、ゴルバチョフもそれに沿って行動したことになっている。そして最大の功績は、当時のソ連首脳部(KGBあがりのアンドロポフ)が本気でアメリカの核先制攻撃を恐れているという情報を伝えたことだという。1980年代初めのこと。この本ではキューバ危機後最大の核戦争危機だったということになっている。

 だが、彼の情報でソ連のスパイの身元が多く暴かれたように、アメリカCIAのスパイがソ連側に寝返り(お金ほしさ)、その情報でゴルジェフスキーも怪しまれることとなる。赴任していたロンドンから、イギリスKGBのトップへの昇級任命という口実でモスクワに召喚され(1985年)、そこで完全に二重スパイだということがばれたとわかった(締めてなかったはずのドアのカギが縞っていた=部屋を捜索するため、さらに盗聴具を設置するために誰かが侵入したことになる)ゴルジェフスキーは、イギリス側に脱出のサインを送る。そして、彼の救出のためのピムリコ作戦と名付けられた冒頭の脱出劇となる。

 ピムリコ作戦は、1978年にゴルジェフスキーがコペンハーゲンからモスクワに召喚されたときから始まる地道で何げない仕草の中に、いざ脱出というときのサインを込める仕組み。これはゴルジェフスキーがモスクワにないときも継続されていた。ゴルジェフスキーと関係ない所作だと示すために。そして最終的には、外交官特権を利用して、彼らの車(あらかじめ示し合わせておいた秘密で怪しまれない場所で合流)で陸路隣国フィンランドへ逃げる作戦。

 ゴルジェフスキーは疑われる前、しばらくモスクワで勤務している間も、イギリス行きを画策する。この間は彼からの情報がなくてもM16もじっと我慢、ゴルジェフスキーがKGB内で出世するのを待つ。そして念願叶ってロンドン勤務となり、ロンドンで華々しく(もちろん闇の世界で)活動することになる。この間もピムリコ作戦は継続している。そして、冒頭のモスクワ召還→陸路での脱出行となる。

 この本では、スパイの情報が世界情勢を動かしているように書かれているが、まあスパイが主人公なので仕方ない。それよりも、当時のイギリスの中枢にまでソ連のスパイが入り込んでいたという、これは岩波新書の「ジョージ・オーウェル」にも出ていた(オーウェルが怪しんだ人の多くが本当にソ連側のスパイだった)ことに驚く。1930年代〜50年代はまだ共産主義(当時はイコールソ連共産党)への希望と幻想が強く、イデオロギー的にソ連に荷担しようとする人たちも多かったのだろう。逆にソ連内部では、ゴルジェフスキーのようにイデオロギー的にソ連に反発する人もいる。ゴルジェフスキーを売ったCIAのエイムズのように、お金など見返りのためのスパイも東西共にいただろう。

 この本ではM16が有能で、CIAはソ連内部の情報をあまり持っていないように書かれているが、実際は1956年のフルシチョフのスターリン批判の秘密報告(当然西側には極秘)も直ちにすっぱ抜いているわけで、それなりの情報源はあったのだと思う。

 冒頭にたくさんの写真と図が載っているが、本文の順ではないので、見いだすのに苦労する。ここに彼の2番目の奥さんと子供の写真も載っているが(大丈夫か)、ゴルジェフスキー脱出のようやく6年後にモスクワからイギリスに渡れた(外交交渉の成果)。しかし、6年の歳月は長く夫婦・親子の絆は戻らなかったという

 

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目次
序 1985年5月18日
第一部
1 KGB
2 ゴームソンおじさん
3 サンビーム
4 緑のインクとマイクロフィルム
5 レジ袋とマーズのチョコバー
6 工作員「ブート」
第二部
7 隠れ家
8 RYAN作戦
9 コバ
10 ミスター・コロンズとミセス・サッチャー
11 ロシアン・ルーレット
第三部
12 ネコとネズミ
13 ドライクリーニングをする人
14 7月19日、金曜日
15 フィンランディア
エピローグ
16 「ピムリコ」のパスポート
謝辞
訳者あとがき
おもな出典
主要参考文献

2020年10月記

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