残酷な進化論 更科功 NHK出版新書 ISBN978-4-14-088604-5 800円 2019年10月
もう少し図が欲しいところがある。たとえば、目の進化と構造。脊椎動物の神経繊維が目の内側についていて、脳に信号を送るには目に穴(盲点)をつくって神経を通して信号を脳に送らなくてはならないが、軟体動物では神経繊維は外側に着いているので、そのまま脳に信号を送れるという違いがある。これでは一見脊椎動物の方不利なようだが、眼球の体積を小さくできるというメリットあるという。でも、これは図がないとわからない。どうせなら、さらに脊椎動物と軟体動物の目の起源の違いについても説明して欲しかった。
あと骨、とくに脊椎の起源についてももCaのリザーバーになるということと、姿勢を保ち運動能力の向上になるということと、結局どちらをいいたいのわからない。
さらに人類の二足歩行の起源とか一夫一婦制の起源についても言及しているが、あくまでも筆者の現段階での考えを出しているだけで、“定説”ではない。
でも、“安定化進化”の考え(3枚目)は面白いと思った。
この本に一番共感するのは、はじめにでも本文でも再三強調している「ヒトは進化の頂点ではない、進化の終着点でもない。〜略〜すべて生物と変わらない。」「環境に[完全]に適応した生物はいない。」「進化は進歩ではない」という姿勢である。
4枚目の系統樹2のようなヒトを最終形態としない系統樹を描くと(ヒトを右端に持ってこない)、たしかに客観視できる。
現在地球上にいるすべての生物は、35億年以上ある生命の歴史を背負っていて、そういう意味ではすべてうまく生き延びてきた結果だということだ。よく生物の解説で、「このような形態・生態をしているのでうまく生き残り繁栄できた。」などという説明を見ることがある。しかし、それではなぜ他の生物はそのような形態・生態をとらないかという疑問が生まれる。つまり、そのような形態・生態は今の時点での適解の一つではあっても、最適解ではないということだ。たぶん最適解などないと思う。
※ 目次は2枚の写真を参照。
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2019年11月記