さまよえる地震予知 横山裕道 紫峰出版 ISBN9-784907-625474 1,800円 2019年8月
筆者は毎日新聞科学記者だったころ、虹で地震が予知できるという“椋平(むくひら)虹”のトリックを暴いた人。1976年9月のことだった。これについての個人的な感想もあるが、以後、素人の個人でも地震予知ができるのに、そしてそれらを一部マスコミが持ち上げるので、プロの地震学者たちは何をやっているのか、だらしないという今日につながる風潮を作ったと思う。
以後、地震雲などの荒唐無稽なものからだんだんと進化し、FM電波伝播異常とか、さらに最近ではGPSとか、一見科学的な装いをまとうようになってきた。代表がM井某氏。これまで民間地震予知者は皆アマチュアで、”科学的検証”とは無縁なところは仕方ないと思ってきた。でも、M井某氏は元プロの科学者、科学的作法を知っているはずだ。そんなに予知の確度が高いのなら、そして何よりも人的被害をなくしたいのなら、きちんと論文を書いて地震学会で発表すべき、そして政府を動かすべきだ。でもそれは彼にはできっこない。国土地理院が公開しているGNSS(GPS)データについて、地理院がほとんど名指しでその使い方の注意を書いているのに、それをまったく無視している、当然きちんとした論文に書けるわけはない(ということはわかっていると思う)、だからきわめて悪質だと思っている。最近は彼を真似した大学教授を名乗るT橋某氏まで登場してきた。
※ K田某氏のFM電波伝播異常による地震予知を信じた人が、K氏がいうところの危険日を休校にすべきと、当時の勤務校(最近宮家と関係ができた大学の附属高校)に進言した有名な理科教育者もいる。このことを、知り合いの物理の教員に話したら(K本某氏の“研究”について)「それでも何かを観測している」といわれてしまった。当時の高校物理の教員のかなりが信じてしまったようだ。
この本ではおもに、1962年の「ブループリント」以後の流れを追っている。1960年代後半から70年代の初めにそのときの地震学者たちを見ることができたので、当時の興奮を思い出す。当時作られた岩波映画「地震予知の科学」は全国で上映され、大勢の人が見て、もう地震予知は近いと思っただろう。
1962年の丸山卓男論文で地震と何か論争に決着がつき、つまり、地震とは断層(運動)=岩盤の破壊現象であることがきちんとわかり、さあ、次は地震予知だということになっていったのだろう。1970年代前半にはアメリカのショルツ教授のダイラタンシーモデルが出て、さらには中国での海城地震(1975年)などの予知成功という報道もあり、地震予知の実用化は近いという雰囲気が醸成されていった。じっさい、当時地球物理学の島津氏は、「もう予知はできる。だからこれからはそれを発表するタイミング、つまりいつがいいか、たとえば具体的には家族がそろう夜に発表した方がいいのではないか、という研究を始める段階。」といっていた。
さらに東大の浅田−石橋師弟による「駿河湾で大地震が切迫している」という研究が取り上げられる(もっとも駿河湾が危ないということは、当時の多くの地震学者たちもそう考えていたと思う。宇津氏からも聞いたことがある)。こうしたことを背景に、大震法(大規模地震特別措置法)が1978年に制定された。
だた、それ以後想定していた地震は40年以上たった今日に至るまで起きていない。大震法廃止という声も大きくなる中、政府は予知重点から、「予知は一般的に困難」、だから基礎研究と防災にも力を入れるべきとし、さらに対象地域も駿河湾中心から南海トラフ全域へと(いろいろなパターンを想定しつつ)、なし崩し的に内容を変貌させている。この本では、この辺の政府の具体的な対応である「南海トラフ地震臨時情報」についても、批判的に検討している。
それにつけても、一時流行った“アスペリティ”(固着域)はどうなったのだろう。概念はいいとして、どこにどの程度の大きさのアスペリティがあるのか、きちんと検討されてこなかったと思う。最近では”前兆”となるスロースリップが注目されているようだ。
問題は、地震予知がもっとも期待される地震、つまり多くの人的被害が出ると予想されるM8、さらにはM9クラスの巨大地震は、これまでに起こった回数も少なく、だからこれまでに得られているデータも少なく、とても予知までつなげるまでのデータの絶対量が不足していると思う。まず、そこを冷静に考えるべきだろう。
筆者は地震予知を客観的に、また批判的に見つつも、「地震予知応援団」になってしまったことを後悔している。それが「さまよえる地震予知」という題名になったそうだ。でも、一番最初に書いたように、1960年〜70年代の雰囲気を体感すればこれはやむを得なかったように思える。
この本は、プリント・オン・デマンド(POD)という形式の出版で、本屋さんの店頭に並ぶことはなく、直接アマゾンからの購入になる。
目次
はじめに
1章 地震予知の魅力と現実の落差
2章 アマチュアをかき立てる地震予知
3章 降ってわいた東海地震予知
4章 二つの地震に打ちのめされる
5章 ついに「地震予知は一般的に困難」
6章 『地震予知を問う』出版と南海トラフ巨大地震
7章 「地震発生の可能性の高まり」で混迷
8章 反省込めて言い残したいこと
おわりに
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2019年8月記