流言のメディア史

流言のメデイア史 佐藤卓己 岩波新書新赤174
IABN978-4-00-431764-7 900円2019年3月

 あのオーソン・ウェルズの、そして彼の名を高めた「『火星人襲来』パニック」(1938年)が、ラジオと新聞合作のフェイクであり、実際はそれほどのパニックは起きていないという。だが、これを根拠に、「パニックが起こるから」と真実をいわない為政者がいることも現実である。

 「キャッスル事件」(1930年)は初めて知った。フェイクの対象にされた人は、そうでないことの証明(悪魔の証明)は難しく(事実上できない)、結局泣き寝入りになってしまう構造はいまでも同じ。

 戦後まもなく出た共産党大衆紙でありカストリ雑誌でもある「真相」(GHQの「真相はこうだ」に対抗した意味もある)で、記事を書いていた一人が五島勉(べん)で、のちに「ノストラダムスの大予言」ベストセラー作家であるという小ネタ話もある。当時から”陰謀論”にはまっていたらしい。

 この本ではこうした古い話題ばかりではなく、“風評被害”の問題なども取り上げている。また、福島原発放射能汚染問題と絡んで、“原子マグロ”(1954年のアメリカによるビキニ初等における水爆実験で被曝したマグロ漁船)では、“ビキニ成金”という言葉も生まれたという。水俣病でもあった問題。いまでも同じことが起きていると思う。

 また、「アンネの日記」図書館本の破損事件の結末は記憶になかったが、マスコミ・犯罪学者が予想していたステレオタイプであるナチ信奉者が犯人ではなく、責任能力を問えるかどうかという人だったそうだ。

 この本は確証の本題(見出しになっている話題)に入る前に、別の話になること多く、その辺は少し読みづらい。

 いずれにしても困るのは、後書きにもあるように、現在は為政者・マスコミだけでなく、一般庶民も情報発信ができる、責任が問われる時代になっているということだと思う。

※ この本で紹介された映画、”月に代わってお仕置きよ”!の「アイアン・スカイ」(2012年)も見てみたくなった。

目次
はじめに――デジタル時代にこそメディア史的思考を
 一九四〇年の「フェイクニュース」批判/SNS有害論とウェルテル効果/サイバー・ノマドの「つぶやき」/「メディア流言」とは何か
第1章 メディア・パニック神話――「火星人来襲」から始まった?
 バーチャル・リアリティーの日常世界/災害パニック神話/弾丸効果パラダイムという神話/「火星人来襲」のドラマトゥルギー/新聞のパニック報道とその影響/古典『火星からの侵入』の問題点/メディア流言で得をしたのは誰か
第2章 活字的理性の限界――関東大震災と災害デモクラシー
 プレ・ラジオ時代の「宇宙戦争」/自警団はパニックだったか/中山啓『火星』の予言/災害ユートピアと朝鮮人虐殺/鈴木庫三日記の「朝鮮人来襲」/新聞機能の停止と無線通信の傍受
第3章 怪文書の効果論――「キャッスル事件」の呪縛
 「秘密」社会と「テロのメディア」/「キャッスル事件」とは何か/ロンドン軍縮問題と海軍の輿論指導/右翼新聞による「事件」捏造/「実名」暴露とキャッスル裁判/キャッスル事件の心的外傷
第4章 擬史の民主主義――二・二六事件の流言蜚語と太古秘史
 流言の社会性/新聞紙の統制派と怪文書の叛乱派/情報不在の新聞号外,情報統制のラジオ放送/「知的であり反省的であり批判的である」流言/日本主義の科学的論拠/太古秘史の参加民主主義/流言蜚語は潜在的輿論
第5章 言論統制の民意――造言飛語と防諜戦
 ニュース紙からメモリー紙へ/「流言蜚語を造る人々」/流言蜚語から造言飛語へ/「支那事変に関する造言飛語に就いて」/「宣伝人」を育てない言論統制/戦意と流言の逆相関/戦時流言と防諜の効果
第6章 記憶紙の誤報――「歴史のメディア化」に抗して
 朝日新聞「慰安婦報道」問題/『新聞の「?」』(一九三二年)/与太記事「弁当とムッソリーニ」/新聞界の機雷(一九四二年)と特攻賛美(一九四四年)/「歴史のメディア化」と「八月ジャーナリズム」
第7章 戦後の半体制メディア――情報闇市の「真相」
 戦後新聞の原点――真実の隠蔽と検閲の隠蔽/ラジオ番組《眞相はかうだ》の逆効果/カストリ雑誌『眞相』の誕生/「反天皇制」の炎上ビジネス/反米メディアと半体制メディア
第8章 汚染情報のフレーミング――「原子マグロ」の風評被害
 風評被害というフレーミング/起点としての「ビキニ水爆実験」/「原子マグロ」騒動の新聞報道/「放射能パニック」への対抗プロパガンダ/「新聞は世界平和の原子力」/「ビキニ成金」と「イワノフのコップ」
第9章 情報過剰社会の歴史改変――「ヒトラー神話」の戦後史から
 弾丸効果とヒトラー神話/ナチスが月から攻めてきた!/新華社が伝えた「和服姿のヒトラー」/日本にさまよふヒトラーの亡霊/ステレオタイプ視された『アンネの日記』破損犯/元少年Aのコミュニケーション戦争
おわりにかえて
 説得コミュニケーションとしての流言/「真実の時代」の到来?/情動社会のメディア・リテラシー
あとがき
主要引用文献

ryugennomediashi-01024.jpg (123381 バイト) ryugennomediashi-02025.jpg (115036 バイト)

※ 本の画像をクリックすると拡大します。戻るときはブラウザの戻るボタンをお使いください。

2019年4月記

戻る  home