日本鉄道史 幕末・明治編 老川慶喜 中公新書 ISBN978-4-12-102269-1 820円 2014年5月
筆者による日本鉄道史3部作の第1部。逆順に読んだことになる。
明治期は政府(政策立案者・執行者集団)も、当時の日本はとても欧米諸国とは比べることができないほど劣っているという自覚があったので、どうやって先進諸外国と対抗すればいいかという議論があった時代。つまり、鉄道建設(→経済)か国防(→軍備)のどちらを優先するか、限られた資金をどう使うかという議論をしていた時代。
だが、結果的には両方実現したことになる。鉄道路線は明治22年(1889年)に1,000マイル(1,600km)、明治39年(1906年)5,000マイル(8,000km)になった。明治5年(1872年)の品川−横浜開業から34年間だった。明治38年(1905年)は日本海海戦があった年でもある。軍備でも「連合艦隊」ができていたことになる。さらに空母に至っては、1945年の敗戦までに25隻以上があったはず。現在の空母は性能が大きく違うので比較にはならないだろうが、現在の軍事大国中国(中華人民共和国成立後70年)の空母は5隻くらいだと思う。
鉄道に限っての議論は、なんといっても狭軌−広軌(標準軌)論争。狭軌を推進した日本の鉄道の父井上勝は後に非常に後悔したらしい。だが、いまとなってはどうか。すなわち一部幹線を除き、鉄道は撤退の時代。負の遺産が少なくすむということかもしれない。
もう一つが京浜と阪神を結ぶ路線は当初は中山道を計画していたが、東海道に改められたということ。また、中山道を計画したのは、海からの攻撃を避けられるということではなく、地方の発展を考えたということだ。これは東北線も同じ。
明治後期になると、鉄道を使った観光事業も始まり、また外国人観光客の誘致も始まる。そして、乱立していた私鉄を整理して、さらには国有化の時代に移っていく。
目次
第1章 鉄道時代の到来 ペリー来航から廟議決定へ
第2章 「汽笛一声」からの道のり 鉄道技術の自立
第3章 東海道線の全通 東と西を結ぶ幹線鉄道
第4章 私設鉄道の時代 鉄道熱と鉄道敷設法
第5章 鉄道開通がもたらしたもの 生活と社会の変容
第6章 国有鉄道の誕生 帝国鉄道網の形成へ
あとがき
主要参考文献
略年表
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2019年6月記