壱人両名 尾脇秀和 NHKブックス ISBN978-4-14-09126-0 1,500円 2019年4月
身分制度が厳密だと思われていた江戸時代に、同時に二つの名前を使い分けて、両身分を行き来していた人たちがいたという。
まず江戸時代の“支配”が現在の意味とは少しニュアンスが異なり、“管轄”という意味合いが強かったことから述べる。誰かの領地内で農業を営んでいればその領地(※)を支配している人の支配に、別な場所農業していれば別な支配の者で別の名前に、また武家の家来として武士に、町に住んで商業を営んでいれば町人に、またあるときは医者として、神職として、公家に使える者として様々な立場で支配(管轄)が異なる、それを自由に使い分ける。さらには同じ場所に住みながら(はじめは誰それの同居人として、でもしまいには同じ場所で両名も)使っていた。まわりもそれを知っている場合が多い。徹底した縦割りの支配(管轄)なので、それを阻害しなければ問題にならない。
もちろん、当時の建前としては認められない。でも、双方がその方が便利な場合は黙認される。問題となるのは、当人が問題を起こしたり、あるいはまわりがそれを認めたくない場合、つまり訴訟が起きて公になってしまったときに限られる。
だいたい、支配(管轄)が違えば、たとえば農民としてはどこどこ藩、商人としてはどこどこ藩と違う人別帳に登録されていれば、それはどちらかの藩単独の事案ではなく、幕府が判断することになる。訴えを受けた幕府も一律に壱人両名を禁止するという建前だけではなく、柔軟に対応する。
こうした暗黙了解で許されてきた風習が徹底的に壊されたのが、明治以降の近代的な戸籍、1人が固定した名前(幼名なども許されない)になったためだという。つまり、政府(行政)の管理の都合の変化が今日の壱人一名というというものになっていったのだという。
※ 領地は現在の都道府県、あるいは市区町村という厳密な境界線があるものではなく、同じ村でも田畑によってそれを支配するものが違う場合も多かったという。この本でも、同じ村内で10以上の領主がいた場合があげられている。
目次
序章 二つの名前を持つ男
第1章 名前と支配と身分なるもの
第2章 存在を公認される壱人両名 身分と職分
第3章 一人で二人の百姓たち 村と百姓の両人別
第4章 こちらで百姓、あちらで商人 村と町をまたぐ両人別
第5章 士と庶を兼ねる者たち 両人別でない二重身分
第6章 それですべてがうまくいく? 作法・習慣としての一員両名
第7章 壊される世界 壱人両名の終焉
終章 壱人両名とは何だったのか
主な参考文献・出典史料
あとがき
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2019年7月記