暴君

暴君 牧久 小学館 ISBN978-4-09-388655-9 2,000円 2019年4月(2019年6月第4刷)

 かつて“暴れん坊”といわれた旧国鉄の労働組合の一つ動労、その最高実力者松崎明(1936年〜2010年)を巡る話。

 国鉄民営化のときに、コペルニクス的転回(コペ転)をして経営陣に協力した(悪天候の日に山に登るのは愚か者)、その真意を追究する。松崎明は革マルの最高幹部でもあり(あった?)、反代々木左翼の中では珍しく革マル派は基幹産業の中に足場を持っていたことになる。なので、このコペ転が、組織温存(防衛)のための“偽装転向”なのかが問われ続けてきた。じっさい民営化に反対して組織がぼろぼろになった国労に変わり、旧動労の中心メンバーがJR東労組を始め、JR総連の執行部を握ることに成功する。

 こうした過程で(初期段階でうまくいき、さらに経営にも口を出せるようになっていく)、松崎は自らが当時のJR東海社長葛西敬之を批判して「権力は肥大化すると傲慢になる。傲慢になった権力は悪いことしかしない。」いったとおりになっていったようだ。つまり、自分を批判できないような雰囲気を組合内に作っていったことになり、これが組織分裂を繰り返す原因、現在のJR総連衰退の原因となっていく。とりわけ2018年の春闘を巡るごたごたでのJR東労組からの脱退者を大勢産んでしまったことにもなる。

 現在では旧動労系組合が多数派なのは、組合員数が激減したとはいえJR東日本と、その他はJR貨物、さらにJR北海道でしかなく、ほかでは圧倒的少数組合になっている。このJR北海道も経営そのものが、つまり会社存続すら厳しい。JR北海道では今日でも圧倒的多数派組合(北鉄労)であるが、今後の舵取りは難しいと思う。

 もっとも、松崎自身は1995年にJR東労組委員長を辞め(その後も実質的な支配は続く)、2010年には死んでいる。1987年JR東労組松崎委員長と、当時のJR東住田社長が結んだ「労使共同宣言」は、上の2018年春闘の過程で経営側から“失効宣言”がなされたが、JR東労組にはすでにそれを跳ね返す力はなくなっていた。

 革マル派幹部としても松崎は、組合活動家からたたき上げとしての自負があり、頭でっかちのもと学生運動活動家である他の幹部たちとはそもそも水と油の関係だったのだろう。こうしたことから、松崎たち動労とその流れを汲む組合活動家たちの動きを革マル派中央がコントロール仕切れず、でも基幹産業にそれなりの“足”があることの意味、さらにはその資金力からときには対立しても、他の幹部たちは結局松崎に妥協せざるを得なかったのだろう。松崎たちは別に革マル派から切られても問題なく(革マル派をやめたのはたぶん本当、いても意味(利益)がない)、独立王国を維持する方が重要だったのだろう。まあ、コペ転のつもりが、独立王国を自由に操れる面白さ(ハワイに別荘なども持てるし)から、それを維持することに力点が移っていった、労働者の権利を守り、生活を向上させるためにはどうすればいいのかという組合活動の原点からずれて行ってしまったということになる。

 ただ、これはJRの組合だけの問題ではなく、今日労働組合の意義と意味がわからない時代、つまり具体的には組合費を徴収され、組合関係の集まりに時間も拘束されるということの対価を示すことが難しい時代になっているのだと思う。

 筆者は記者にからたたき上げて、日経新聞副社長、テレビ大阪会長を務めた人。国鉄−JRにずっと関心を持ち続けてきたようだ。

目次
序章 「天使と悪魔」−ふたつの顔を持つ男
第一章 “隠れ動労”−JR誕生前夜
第二章 松崎明またの名を革マル派副議長・倉川篤
第三章 「労使ニアリー・イコール論」−巨大企業を屈服させた最強の労働組合
第四章 大分裂
第五章 盗撮スキャンダルと平成最後の言論弾圧事件
第六章 革マル派捜査「空白の十年間」の謎
第七章 反乱−“猛獣王国”崩壊の序曲
第八章 警視庁、「松崎捜査」へ
第九章 「D型もD民同へ枯れ谷に」−漂白する鬼の魂
終章 三万四五00人の大脱走
あとがき
松崎明関連年表(1927〜2010)
主要引用・参考文献
国鉄・JRの労働組合の変遷図

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2019年7月記

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