大和朝廷と天皇家 武光誠 平凡社新書180
ISBN4-582-85180-0 780円 2003年5月
目次
はじめに
第1章 「謎の四世紀」と「倭の五王の時代」
第2章 『古事記』と『日本書紀』の成り立ち
第3章 大和朝廷の誕生
第4章 大王の「身うち争い」
第5章 『日本書紀』は信頼できるか
第6章 『七支刀銘文』と『好太王碑文』
第7章 倭の五王が目指したもの
第8章 加那諸国との交流
第9章 三点の金石文
第10章 前方後円墳の起こり
第11章 巨大古墳と「河内王朝論」
第12章 王朝交替説
第13章 大和朝廷の歴史と伝説
第14章 日本史上の天皇家の役割
あまりに文献上の証拠が少ない天皇家の起源。伝説と歴史の境界が曖昧な「古事記」「日本書紀」、あとは刀の銘文とか、好太王碑や中国の歴史書。これらと古墳の分布から天皇家の起源に迫る。
とはいいつつ、やはり天皇家の起源というか、日本の黎明期は曖昧な点が多い。
岩波書店の「図書」(2003年7月号)に、田中克彦の「騎馬民族説と江上波夫の思い出」という文が載っていた。晩年の江上波夫にはよく天皇(昭和天皇)から「寂しい、ちょっと話をしたい」という電話がかかってくるので、騎馬民族説の話をしに行ったものだという逸話があった。昭和天皇はどういう気持ちで、騎馬民族説をきいていたのだろう。江上波夫はまた、北朝鮮が作成した映画「騎馬民族」にも関係して、その映画の冒頭に、金日成(キムイルソン)がみずから進んでに出たという話も紹介している。また、江原真の騎馬民族説批判=北方系騎馬民族特有の去勢の技術が日本には伝わっていない=騎馬民族は来なかったという説(現在の主流?)も、しない民族(トナカイを飼っているトゥパ族)もいるということを知った田中克彦が、電話で江上波夫に話したら、すでに知っていたという。
2003年6月記