静かな大地 池澤夏樹 朝日新聞
ISBN4-02-257873-4 2,300円 2003年9月
登場人物
宗形志郎:子供のころ、淡路島洲本から北海道静内に移住。
三郎:志郎の兄、優れもの。志郎より2歳上。
由良:志郎の娘
都志:由良の姉
オシアンクル(秋山五郎):志郎達の親友。
フチ:オシアンクルのおばあさん。
あらすじ
明治維新のどさくさ、新政府を応援したはずの淡路島洲本の侍達は、北海道静内に移住することになる。志郎の洲本での思いでは、親藩である徳島藩(幕府派)が攻め込んできたときの鉄砲の匂いであった。今は札幌に住み、病気がちの由良の父は何度も同じ話を娘達に繰り返す。
洲本に移り住んだ夏、大人達は開墾に苦労し、また倉庫が焼ける、後続部隊を船が遭難するなど暗い日々を送る。しかし、子供達は学校もないので、毎日楽しく遊び暮らす。志郎と三郎はアイヌの子オシアンクルと仲良くなる。志郎はオシアンクルが三郎と自分を同じように扱ってくれるので嬉しくなる。
大正9年の夏、長吉と結婚した由良は、静内に五郎(オシアンクル)をたずねる。五郎は日露戦争で足を負傷、かつての迫力をなくし牧場の賄いとして生活していた。由良に促された五郎は、三郎達の思い出や抑圧されたアイヌの思いを話す。
旭川に移り住んだ由良のもとに、都志から小包が届く。三郎が五郎に当てた手紙だった。明治10年、16歳の三郎は札幌の官園農業現術学校で学んでいたのだ。三郎にはこのような実学が会っていた。三郎はアメリカ式農業・文化をここで学ぶ。
しばらく開拓使本庁で給仕として働いたあと、三郎は郷里に戻る。その前に、北海道を訪れていたイザベラ・バードに会いアイヌについて語り合う。三郎は静内で牧場に適した土地を探す。アイヌの中で協力したのはシトナ(オシアンクルの叔父=通詞の勉蔵(トゥキアンテ)の仲間)。いい土地は見つかったが、どうしてそれが三郎(和人)のものになるか、シトナには理解できない。しかし、誠意ある三郎の説得にシトナも協力することになる。三郎は家督を譲られ、ますます忙しくなる。三郎は畑も作り、洲本の藍を作ることに成功する。しかし、明治13年、バッタの大群に襲われる。三郎達の父も死ぬ。三郎は馬鈴薯をこっそりアイヌに分配する。
オシアンクルのおばあさんフチ(モロタンネ)は昔話が上手だった。三郎達もフチの話を聞く仲間になる。英雄ポイヤウンペの話、人の娘に恋した神の話、人食い(お互い食い)の神に育てれられた娘の話など。アイヌ達の生活の知恵・考えが込められていた話であった。
戸長になった三郎は、エリアカン(向こう側にいる人)に恋をする。じつはエリアカンは、やんごとない事情で預けられた和人の子供で、勉増が娘として育てていたのだ。エリアカンはフチの昔話を一緒聞きいていたころから、三郎が好きだった。オシアンクルや、三郎達の父の友人だった人たちの助けで、二人は結婚する。エリアカンは雪乃という和人の名も付けてもらう。和人達、大分経ってからアイヌ達の間で別々に婚礼を行う。婚礼の席で、勉蔵(トゥキアンテ)はシャクシャインの話をする。
志郎の妻・弥生は、函館の大きな呉服屋の箱入り娘だった。しかし、後妻にいじめられていた。父の死後、三味線の師匠をして暮らしていたが、芸者代わりに出た席でおそわれ、逃げ込んだ部屋に志郎がいた。志郎は弥生を静内に連れ帰る。宗形牧場はアイヌ達も大勢働いている。みんなでポンセチ(食堂)で食事をする習慣。やがて、志郎は弥生と結婚する。
三郎が開いた牧場は大成功する。そうであるが故に、和人やアイヌ双方からの妬みの対象にもなる。このころ、三郎は鮭の孵化場つくりを試みる。だが、4年待たないと成果がわからない鮭の養殖は理解を得られない。資源保護の観念もない当時、これは2年で閉鎖される。三郎はこっそり田も作っていた。だが、7年努力してもダメ、やっと子供ができたので稲作はあきらめる決心ができた。三郎はニプサタをかわいがる。
砂金堀りのブームが訪れる。鰊場で働いていた一人も噂を聞き砂金取りを試みる。そして、宗形牧場の繁栄、アイヌ達の仕事ぶりをみる。
明治29年、フチが死んだ。誰かがアイヌの習慣に従って(禁令を破って)フチとともに家を焼く。その件でトゥキアンテが警察(小田島)の拘束される。一方、宗形牧場に興味を示す松田照之(北海道に利権を持つ黒田の流れの明朋会)は資金を提供するから、牧場の規模を大きくしないかと誘いをかける。三郎は拒否する。
和人とけんかしたアイヌの逃亡を助けた容疑で小田島が来たり、16年前にアイヌに馬鈴薯を配ったことを糾弾する怪文書が出回ったり、何者かが宗形牧場を追い落とそうとする動きが出てくる。けんかしたアイヌを助けたのは、ニプサタとシトナだった。彼らが神威岳を越えて十勝側に逃がしたのだ。
宗形牧場に税務署の調査が入ることになった。三郎は馬を山に放して、税務署の調査をごまかす。一方、松田照之にも手紙を出し、宗形牧場側がすべての決定権を持てるなら、資金提供を受け入れるという条件を出す。だが、反応がないばかりか、馬の買い手だった軍もまったく買わなくなる。上層部の指揮らしい。一般の買い手にも圧力がかかる。三郎達は、かつて志郎が弥生を助けたとき一緒だった帯広の中村を頼ることにした。このころから三郎は弱気になる。オシアンクルも、生まれてくる三郎の子を和人として育てろと助言する。
三郎はますます弱気になる。志郎やオシアンクルも心配する。馬房が火事になる。馬を助けに入ったシトナ死んでしまった。三郎は助けに入れなかった自分を責める。三郎はバードの言葉で、アイヌが気高い人種と知って、彼らと共に生きようとしていたのだ。三郎はシトナとの約束もあり、牧場をアイヌのものとしてやってきた。そして父が死んだ日に生まれたニプサタに跡を継がせようとする。三郎は東京の新聞万朝報にこれまでの一件を買い手送るが音沙汰がない。ますます疑心暗鬼になる三郎は臨月の妻雪乃(エリアカン)を高橋家(雪乃を名目的な養女にした)に預ける。三郎は愛馬アシッチュブ相手に泣く。雪乃は死産、雪乃自身も死んでしまう。これを知った三郎は自殺してしまう。
三郎の残された双子の娘は高橋がもらい受ける。高橋は双子の娘がアイヌの子としていじめられるのを心配した。牧場もだんだんと覇気がなくなっていく。牧場をまかせた笹村にはそれを止める力はなかった。オシアンクルも牧場を離れ、下方の志郎の家にやってくる。オシアンクルは志郎の娘達をかわいがる。やがて日露戦争に徴用され、負傷して戻ってきたオシアンクルは志郎の家も去る。三郎の思い出から遠ざかりたいという。志郎もやがて静内を去り、札幌に移る。志郎もやがて死ぬ。三郎・志郎兄弟を知っていた前山剛一郎が来て、三郎は遠別を開くときにアイヌの側に立つ決心をしたと言っていたと告げる。
昭和13年、由良は伯父宗形三郎の伝記を書き上げる。ニプサタ(森竹猛)との文通もある。ニプサタはアイヌ学校の市師範なっていたが、アイヌ学校が廃止されたので退職していた。由良は伯父達の努力が無になったこと、アイヌ達の現状を憂うのだった。
クマを迎え送らない、ただの悪いトゥムンチの子、クマに育てられクマになったが、また人間に戻る。行き場がない。
シマフクロウが糧を得ていた自然はもうない。
感想:北海道開拓、アイヌと共に生きようとした宗形三郎の哀しい生涯を綴る大河小説。あれほど輝いていた三郎が急速に力をなくすのは、いまでいう鬱病になったのか。
2003年11月記