超火山[槍・穂高] 地質探偵ハラヤマ北アルプス誕生の謎を解く
原山智・山本明 山と渓谷社 ISBN4-635-20101-5 1,500円 2003年6月
目次
はじめに
第1部 地質探偵事件簿
「天空のそびえる巨大カルデラ伝説」を追う 槍・穂高連峰
STAGE1 厚さ1500mも堆積した謎の火山
SATGE2 「厄災の山」の戦慄のプロフィール
STAGE3 世界記録が密かに眠る山
第2部 地質探偵事件簿
「北アルプス地質迷宮紀行」
STAGE1 「デコレーション」のできるまで−雲の平と黒部川・高天原
STAGE2 大陸生まれの巨峰の誕生秘話−薬師岳・笠ヶ岳
STAGE3 火山もないのに湧く温泉の神秘−中房温泉、黒部川峡谷温泉郷
STAGE4 恐竜時代の岩石で作られた天下の秀峰−剱岳
STAGE5 巨大岩体に浮遊するクラゲの摩訶不思議−黒部川花崗岩
STAGE6 火山によって誕生した後立山の霊峰たち−五竜岳・鹿島槍ヶ岳・爺ヶ岳
第3部 地質探偵事件簿
名山たちの「出生の秘密」
STAGE1 雪倉岳・朝日岳 白馬三山 不帰ノ嶮・唐松岳 スバリ岳・針木岳
水晶岳 鷲羽岳 樅沢岳 硫黄岳 立山・黒部五郎岳
SPECIAL 「地質探偵ハラヤマ特別講義」
我が愛しの山、笠ヶ岳ストーリー
おわりに
この本は、アウトドアでの行動を趣味とする同僚に、その存在を教えてもらった。
地質学者ハラヤマと山を歩きながら、その解説を聞くという形になっている。原山氏は滝谷花崗岩(滝谷閃緑花こう岩)が世界で一番若い花崗岩(140万年前、ただし深成岩の年代測定は一般的には非常に難しい=誤差がある、下参照)であることを見つけた人である。
この本には、昔登った北アルプスの山々がたくさんできてきて懐かしい。本の節ごとに親切な「レクチャーポイント」の略図もある。こうした知識をもとに再び歩けるといいのだが、厳しいところはもう無理であろう。ちょっと残念。
急峻な北アルプスは歩くだけでも大変である。ふつうの山行と違い、さらにそれが地質調査ともなると、採集したサンプル(国立公園内では採集には許可が必要)でだんだんザックが重くなっていくわけである。だから場合によっては、(採集した)石を捨てるか命を捨てるかの判断が迫られることもある。ハラヤマこと原山智氏も、若いころの笠ヶ岳調査でそのような目にあったようだ。
だから、北アルプスの全域を精査した人は少ないと思う。原山氏はその数少ない一人で、彼が持つデータと、そこから組み立てられるストーリーには説得力がある。
同僚にコメントを求められたときは、まだこの本を読んでおらず、雑誌「山と渓谷」の9月号(2003年)に載った山本氏のアブストラクトだけを読んで、「壮大な作業仮説が提出された」という感想を送ったが、さすがに単行本の方は全体のストーリーがわかるので、もう少し説得力がある。
これらの山域は、大部分がかつてあった(176万年前年近く前、笠ヶ岳はもっと古く6500万年前)カルデラ(の中味が隆起して現在は山となったコールドロン)が、そのもとになったのだという。
ただ、標題の「超火山」では意味がよく通らない。あれだけ侵食を受けて、火山の原形を留めないものを火山といってよいか。おなじようにコールドロンの残骸である妙義山・荒船山、あるいは石鎚山などは、ふつう火山とはいわないと思う。だから「超」をつけたのだろうか。
巨大(規模)という意味では、穂高・槍のもととなったカルデラを形成した噴火による噴出物は2回で合計700km3というのに対し、2.2万年前の姶良火山の火砕流の総量が200km3、富士山の宝永の噴火(1707年)での噴出物が8km3というから、これが本当なら確かに超巨大噴火ということになる。その「超」であろうか。
このへんを巡っては、日本火山学会の「火山学者にきいてみよう」『トピック編』<火山の形状と地形カルデラ・コールドロン>
http://hakone.eri.u-tokyo.ac.jp/kazan/Question/topic/topic12.html
のQuestion No.#391 #2076 #191 #4022 などを参照。
この本は、柔らかい語り口にするためであろうか、原山氏が多忙のためであろうか、友人のライター山本がハラヤマからのレクチャーを受けて、それを本にした形になっている。つまり厳密性に欠けていることは前提であろう。そうであっても細かい点はいくつか気になるところもある(原山氏の目が届いていない?)。
まず肝心の、穂高・槍を作った超火山が噴火したのが176万年前とあるが、万年単位の年代測定の精度がどのように確保できたのだろう。また、176万年前に地球が冷え込んだというのは何を指しているのだろう。「寒冷な時代=第4紀」が始まるのは165万年前であるが、うっかりする年代が近いので、この噴火が第4紀が始まるきっかけを作ったと取られかねない。
原山氏自身が書いている解説欄「壊変現象」をみると、年代測定に40K→Ar法を使っているようである。この方法では、ここにあるように娘元素であるArが気体ゆえのメリット(マグマが液体であるうちは気体であるArは抜けるので、初期値を0としてよい=たまった量だけを量ればよい)と、気体ゆえのデメリット(マグマが固結したのちも、高温のときはかなりの量のArが逸脱するのではないかという可能性)がある。だから、40K→Ar法では、とくに深成岩の場合は高温である時期が長いので、年代は若く出る傾向にある。
(木曽)御嶽の以前の噴火は2万年前ともあるが、確かに大規模な噴火は過去2万年くらい起きていないが、1979年の噴火以前の過去6,000年間に4回の水蒸気爆発が確認されている。有史以後も噴火があった可能性も指摘されている。
あと希望としては、よく出てくる花こう岩が風化してできる砂=マサであるが、「真砂」という漢字でも示されると意味がよくわかると思う。花こう岩中の鉱物石英が他の鉱物より風化に強いので残って、白っぽいさらさらした砂になったものである。
原山氏(1953年生まれ)は牛来正夫氏の弟子のようであるが、そうした人でも、プレートテクトニクスを前提に地史の解釈をする時代になったのだなぁと思った。既に私は化石状態のようだ。
2003年9月記