南京事件

南京事件「虐殺の構造」増補改訂版 泰郁彦 中公新書795
ISBN978-4-12-190795-0 940円 1986年2月初版 2007年7月増補版

目次
第1章 ジャーナリストの見聞
第2章 東京裁判
第3章 盧溝端から南京まで
第4章 南京陥落
第5章 検証 南京で何が起きたのか(上)
第6章 検証 南京で何が起きたのか(下)
第7章 30万か4万か 数字的検討
第8章 蛮行の構造
あとがき
第9章 南京事件論争史(上)
第10章 南京事件論争史(下)
増補版のためのあとがき
付録
 (1) 南京事件関係年表
 (2) 南京戦に参加した日本軍一覧
 (3) 南京戦に参加した中国軍一覧
 (4) 主要参考文献
 (5) 主要人名索引

 何が南京事件の本質かといえば、降伏してきた中国兵を虐殺したのみならず(捕虜をどう扱うかの統一的な指令もなく現場まかせ)、無辜の市民まで巻き込んで、虐殺・略奪・強姦などの非道行為を行ったことにある。いくら戦時下とはいえ(戦時下でも)許される行為ではない。一部観念知識人右翼は、殺された人数が特定できないことを理由に、あるいは意図的な逆宣伝を理由に、そうした非道行為さえなかったものとしたいようだ。基軸が少し曖昧なこの本でも、数万人の虐殺、それに至る非道行為が書かれている。

 どうしてこのような事件が起きたのかということについての分析も少し書かれている。ようするに戦時においては、日清・日露戦争のころは国際社会から早く一人前の国家と認められるように国際法遵守の気風があったのに、国際社会から孤立した当時(変な自信を持った当時)非道行為は当然という気風が下士官にまで広がっていった(自らも非道行為をしていた)ということにあり、直接的には兵站補給も考えずに、物資は現地調達という近代戦にはあるまじき戦略・戦術で突き進んでいったことにある。

 同時に読んだ「日中戦争」(小林英夫、講談社現代新書)では、1953年に偶然に発掘され(焼却が間に合わずに埋めた)、2003年に公開された『検閲月報』を一級の史料として取り上げているが、こちらの本ではそれは無視しているようだ。南京事件に直接関係するものはないかもしれないが、当時の日本兵の行動などは傍証になるのではないか。

 筆者は扶桑社の歴史教科書の採択率が低かったことを残念がり、それが日教組のためだといわんばかりだが、いわゆる1982年の「侵略・進出」論争当時から、日教組はすでにそれほどの力はなかっただろう。この「侵略・進出」論争についても、筆者は論評抜きにほとんどそのまま産経新聞側に立っている。問題は「侵略」という表現を文部科学省側が嫌っていた(改善意見をつけていた)ということなのだが。1997年からの検定意見については文部科学省のホームページで垣間見ることができる。

 「新しい歴史教科書をつくる会」は四分五裂を繰り返し、扶桑社からも見離されてしまったようだ。扶桑社は「歴史教科書を改善する会」に教科書を書かせたいようだ。参議院選挙の敗北を踏まえ、安部内閣は歴史教科書に対してどのように動くのだろう。 

2007年8月記

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